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#地震発生から310日目「水産加工場が津波で流される」

 14, 2012 07:31
 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から310日目(平成24年1月14日、土曜日)。
 また、大震災発生から310日目の新しい朝を迎えた。

 さて、第51回手をつなぐ育成会東北ブロック大会「本人大会=第4分科会」(平成23年10月16日)を開催。知的障がい者本人たちによる協議を実施した。
 そこで、被災した施設の支援が迅速になされるためにも施設間ネットワークを常日ごろから構築しておくことが有効であるとの助言があった。
    
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【引用始め】

第51回手をつなぐ育成会東北ブロック大会・(併催)第23回山形県知的しょうがい者福祉大会(平成23年10月15日〜16日、山形国際ホテル)
大会スローガン「東北はひとつ、みんなでの力で東日本大震災をのりこえよう」
本人大会=第4分科会(平成23年10月16日) 【その9=最終回】 「本人活動と防災学習」(災害に備えた本人活動)
協議

 施設間ネットワークの構築

【司会者】 ありがとうございました。ではもうひとかた助言者の方にお願いします。

【助言者】 私達の法人は岩手県田野畑村にあります。うちの法人で水産加工の下請け作業をやっているんです。そこの工場が津波によって流された。その水産加工の収入は大きいものです。それが一気になくなったので今後どうしていけばいいかなという感じです。今も何とかかんとか考えて、ボランティアの方とかと一緒に頑張っています。
 今回の災害が起きて、私もここまで大きいものが来るとは思わなかったです。周りの方もそうだったと思うんです。いつ災害が起きるかというのは分からない。これが最後ではないので、次また来るかもしれない。そうした可能性が高いので、常日頃大なり小なり何か起きるんだよということを、各自が心構えを持って過ごしていってくれればいいなと思います。
 地域とか施設に合った避難訓練とかは大事だと思う。ただの訓練だとは思わないで真剣にやるのが大事です。私自身、反省も含めてやらなきゃなと思いました。災害が起きる前に地域の隣の家との交流、挨拶程度でもいいんですが、そういったつながりを持っているといざとなった時に、助け合いというのが迅速に行われます。
 私の家の近くにも足の不自由な方とかいまして、その人と交流があったもので、すぐ行って「大丈夫ですか?何が必要ですか?」と声を掛け合ったりしたのです。そういうつながりは常日頃持った方がいいと思います。
 今回の震災で、岩手県の沿岸の福祉施設はほとんど何かかにかで被災はしてます。協力するにもこっちも大変だし向こうも大変だしどうしようかな、と悩んでいたんです。
 盛岡市の障がい者110番の相談員に連絡が取れました。沿岸部にある三陸鉄道を使って皆さん作業所に通っているんです。その三陸鉄道が無くなってしまった。通う手段がその一つしかなかったもので、これからどうやってみんなと働いていこうという悩みを相談しました。その方から愛知県の社会福祉法人の方に連絡を取って頂いて、車を貸してくれることになった。連絡してもらってから、すぐ車を置いていってもらった。それで私達は今もその車をお借りして仕事とかをしているんです。その車を置いていっただけじゃなくて、また何度か足を運んで頂いた。次どんな支援をというふうに考えてくれて、愛知県の方から今度は北海道当別町の施設の方とも関係を持つことができた。さらには富山県の方、そして全国的にネットワークが広がって、支援して頂いているです。施設間同士、何かあった時でも大丈夫だよというつながりを持っていければいいんじゃないかなと思います。
 私達が、今回こういう状況ですけども、またないことを望みますけども、何か西の方で被害があった場合は、私達がそっちに行けるような体制を作って、すぐに行けるとかといったような、常日頃からそういった施設間のつながり、情報の交換とかをやっていくのは大事だなと感じました。
 ぜひ皆さんもそういったふうにやっていって頂ければと思いました。

【司会者】 ご助言ありがとうございました。それでは二人の方から発言の申し出がありましたのでその方にご発言を頂きます。よろしくお願いします。

【話題提供者】 私は福島県郡山市に住んでいます。郡山市で9月の末に台風で大雨が降って床上浸水がありました。下宿が床上浸水になって私も一時期避難することにしました。それで避難している間に怖い思いをした。その水害があった当日なんですが、私と一緒に住んでいる高校生が普段はそんなに交流を持ったりはしないんですけど、その時は私の部屋にすぐ助けに来てくれて、私の部屋の畳を上げてくれました。それで私は怖くて怖くてただうろうろしているだけで何にも出来なかったんです。大家さんに危ないから下にいる人上に来てと言われて、上に行ってしばらくしたら私達の本人部会であるスタートラインの支援者から、「大丈夫かい?」という電話が来て私は、「大変なことになっちゃった、家が床上浸水になっちゃった」と言ったら、「あらららら」と言われて、それで支援者のところに避難することになりました。
 その前にビッグパレットっていう去年の全国大会でやったところがあるんです。そこに一晩だけ大家さんに連れていってもらって私と友達と避難したんです。一般の人が多くてとても寝れる状態じゃなかった。一晩中私は一人で起きて、次の日にスタートラインの支援者の方と、私の支援をしてくれる相談員さんと2人で来てくれて、一緒に「どうする?」という話をしたら、「じゃあ私のところで避難するところがあるから、そこに一緒に避難しよう」と言われました。
 それでスタートラインの支援者の方と4日間一緒に生活しました。後に、郡山市の施設2カ所に避難して、合計で8日間か9日間くらいは私は避難したんです。地震も怖いけど、水害もとても怖い思いをしました。それで地震で亡くなった人の気持ちが初めてこんなに冷たい、苦しい思いをして亡くなったんだから、自分も亡くなった人の分も一生懸命頑張ろうと思いました。以上です。

【司会者】 ありがとうございました。最後にどうぞお願いします。

【発言者】 ありがとうございます。
 11月5日の全国大会での本人部会の震災に関するところに向けて、全国の皆さんの仲間に役に立つような情報とか、取り組みの例があれば私がこの辺にいますので、終わった後で少し教えて頂ければと思います。先ほどお伺いした話の中ですと、実際に例えば山形の方が被災の仙台の方に行かれた。そうやって実際に被災したところを見てみるというのが一つ大事なことと学ばせて頂きました。また、分かりやすい形での災害にする情報とかそういうものでいい例があれば是非教えて頂きたいと思います。
 先ほどの権利条約の例も紹介させて頂きましたけれども、ピープルファーストの方が入っている内閣府の障害者制度改革推進会議、私たちが中心になって推進会議が出した第一次意見、第二次意見の分かりやすいのも作りました。今は一緒に7月に開催された障害者基本法の分かりやすいものも一緒に作っています。その中には基本法の中で今度は新しく、防災に関するところが入りましたのでそういうものも一緒にやっているんですけれども、そういうわかりやすい情報の伝え方で参考になるものがあれば是非教えて頂きたいと思います。
 終わった後でお声を掛けて頂ければ幸いです。ありがとうございます。

【司会者】 助言者の方と話題提供の方にもう一度盛大な拍手をお願いいたします。
 これで第4分科会を終了いたします。本日は多くの方々にご参加頂き、ありがとうございました。
  
 【引用終わり】

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 地域における連携、施設間連携の重要性が指摘された。それも全国ネットワークの構築である。被災地を支援するには、非被災地からの支援が必要である。こうした強いつながりによって、被災者は「明けない夜はない」と前向きになれる。
 (ケー)


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