◆独り言・・・です

 23, 2016 08:25

水曜日の茶話会から帰ってきて
「あきらめ過ぎず、期待しすぎず」という言葉がずっと頭のなかをぐるぐるしている。
ウチの息子のように、ほぼほぼ最重度の子を持つ親は、
まず自分の子の障害を受容しないことには前に進めないことを
目の前の我が子をみればすぐに納得できる。
だから比較的早く、障害受容ができる。
 
でも、というか、だからというか「できないのが当たり前、できなくて当然、できたらもうけもの」的な感覚がある。
なので、新しいことにチャレンジさせる事をしない人が多いような気がする。(私も例外ではない)
だって、ウチの子は重度だから出来る訳ないもん。
と言うのが理由である。
そういう部分ではお気楽に感じる人もいるかもしれない。
 
でも、そういう子たちは強い行動障害を持っていたりする場合が多くて、その対応に私たち親は振り回され、疲弊している。
自分の子なのにその辛さを理解できず対応しきれない自分と、その親の辛さを理解してもらえない言葉や視線に、すべて投げやりになってしまいそうになる気持ちと必死に戦っている人が多い。

雨上がり

 
一方で、子どもの障害が軽くても、親としては色々な葛藤がある。
どうしても健常の子との差を詰めたくなってしまう。
育成会に入っている訳だから、我が子の障害は受容しているはずである。
それでも我が子に期待をしてしまう。
もうちょっと頑張ればこれができるようになるかもしれない。
こんな風になってもらいたい。
ついつい子どもに過度な期待をかけてしまっている事もあるのかもしれない。
 
たまにそういう親御さんを「親が子どもの障害を受容できていないからダメなんだ」とおっしゃる方がおられる。
その気持ちは私もわかる。子どものありのままを受け入れろということだろうから。
でも、その方は自分の子に期待を全くしていないのだろうか。
大人になったらこんな風になって欲しい。良い人生を歩いて欲しいから優秀な成績をとって欲しい。とか・・・
 
子どもに障がいがあると告知された親の気持ちは当事者ではないと理解できない。
知的障がいの程度にも色々あるけれど、告知後の挫折感、そこでのもがき、そこからひざまずき立ち上がり歩き出すまでの気持ちは、私たち当事者だからこそ理解できるのだと思う。
育成会は育成会にしかできないことが必ずあるはず。
手をつなぎましょうよ(*^-^*)みなさん。

あ~訳の分からないことを長々と書いてしまった。
読み流してくださればありがたいです。

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