親の死後ではなく、親が生きて元気なうちに親亡き後に備える

 15, 2016 05:00
 以下は、秋田市議会議員のブログである。
 親亡き後の経験談である。
 障がいのあるきょうだいとして、その生き方をつづったものだ。
 その第1回目。
 いつものように分割して掲載する。
 多少、文章を短くしたり、語尾をかえたりしているところがある。また、段落を一文ごとにしている。
 著者にとって不本意かもしれないが、内容・表現はそのままである。
 読みやすさ、わかりやすさを優先させてもらった。



【引用始め】

http://www.tanaka-tutomu.com/column/201504.php
秋田市議会議員 田中つとむ 06 コラム 

「親亡き後」の備え 2015.04

 昨年(2014年)より、厚生労働省の障害児・者の審議会の議事録や検討会で「親亡き後」という言葉が出てくるようになりました。
 具体的には、『障害者の高齢化・重度化や「親亡き後」を見据えた居住支援』とか、『「親亡き後」の障害児・者の地域生活支援』という使われ方がされております。
 「親亡き後」問題が、厚生労働省にとっても社会問題になっているという現実を避けられない。

 さて、私は、知的障がい者の兄弟として本人の「親亡き後」の人生を見つつ、そして、自分の人生も生きてきました。
 私の父は、私か16歳の時に亡くなっております。
 母は、15年前に突然、心筋梗塞で亡くなりました。
 勿論、私も、母自身も突然死ぬとは思っておりませ んでした。
 だから、準備らしい準備は何もされておりませんでした。
 その体験から言えることは、言葉上では「親亡き後」ですが、問題の根本は、親が死亡した後ではなく、親が生きて元気なうちにどのように親亡き後に備えられるかという事です。
 私の体験から、必要な具体的な対策とは次の三点です。
 ①身上看護(生活や健康に関する契約などの行為)をしてくれる人と、
 ②財産管理(日常生活の金銭管理から重要財産の処分まで)をしてくれる人が存在する事。
 そして、安心で安全な
 ③生活の場が存在することです。
 幸運にも、私は、「小又の里」という安心で安全な入所施設に巡り合いました。
 生活の場を確保できましたので、大変助かりました。(つづく)

【引用終わり】



 著者の田中氏は、16歳で父親を亡くした。
 母親も15年前に亡くしている。
 障がい者のきょうだいとして苦労してきたことがうかがえる。
 母親を支えながら、障がいのある兄弟の生活について、より良いあり方を模索してきたのだろう。
 親亡き後問題は、親あるうちに準備していなければならないとの結論である。
 そして、その対策として、身上監護、財産管理、生活拠点の3つを確保することと述べている。

 (ケー)
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