数字に還元できない精神的な痛み

 05, 2016 05:00
 東日本大震災から5年がたった。
 発災当初の山形市内を中心としたさまざまな状況について、本ブログに記述した今までの内容を再録している。

 大震災で被災した人たちは、みなそれぞれ困難な状況が異なる。
 一律に対応しても何の解決にもならない。
 それぞれに寄り添った支援がきめ細やかに実施されることが望ましい。
 そうはいってもこの混乱の中で簡単にはいかない。
 こうした問題に直面しながらより良い支援に近づく努力である。
 以下に、参考になる事情が記されている。




♯地震発生から40日目=一人一人で異なる困難
 
 April 19 2011 06:20
 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から40日目(4月19日、火曜日)。 また、大震災発生から40日目の新しい朝を迎えた。

 地震で家が壊れ、津波で家族が亡くなり、会社が根こそぎ津波で持っていかれ、原発事故で避難を強いられている。
 被災者一人一人が今もってあの災害の中で、ぼう然と立ち尽くさざるを得ない状況にある。阪神淡路大震災の時、ボランティア活動に取り組んだ人の手記を次に引用する。

*****************************************

【引用始め】
http://www.yuki-enishi.com/challenger-d/challenger-d68.pdf

訪問おたすけ隊・活動マニュアル
「応援する市民の会」のめざす活動
1995 年1月27日版

数字に還元できない精神的な痛み

 大震災から10日を経た現在も、被災地の人々を襲った災害の全容は把握されていません。 というのも、まず、確かに行方不明者の数は減ってきましたが、被災された方々の生活困難とはそうした数字で示しきれるものではないからです。
 災害の全容には、一人ひとりの方が被っている様々な生活困難や心の傷も含むものです。家が全壊したということは、建設費○千万円の建物が失われただけでなく、使い込んだ家具を失い、かけがえのない思い出のこもった記念品を失ったということでもあります。命の喪失にいたっては、はかりようもない重さを持ちます。

一人ひとりで異なる悩み

 しかも、そうした辛さ、苦しさは、一人ひとり違います。「西宮市で○○が不足している」と聞いて、その物品を市役所に送れば問題が解決すると考えるのは、実は間違いです。確かに災害発生当初は、すべての人に共通に必要な水や主食が不足しました。このような段階の問題は、必需物資を届けることで解決できました。
 しかし今は、ある人は倒壊した家の中から先祖のご位牌を探し出すことが一番の問題であり、また別の方は家の片付けをしようにも幼い我が子の世話に追われてしまうことが一番の悩みなのです。ある人は借家の権利がどう守られるかを知りたいのですが、別の人は受験を控えた娘のためにホームステイを申し出てくれる人をこそ、まず探したいのです。
 生活用品の不足といっても、ある人は持病の薬が、またある人は毎日遊んでいたファミコンが、またある人にとってはCDプレーヤーがないことが、一番の欠乏感をもたらします。

【引用終わり】

*****************************************

 1カ月以上経過した今の状況は、被災者も、救援者も疲労が極に達している。先の見えないトンネルに入り込んでいる感じである。あのがれきの山に囲まれて滅入らない人はいない。がれきを完全に片づけるのに5年はかかるといった試算まで出ている。原発事故の収束に向けた行程表も発表された。物事の解決は一挙にというわけにはいかない。それは誰も分かっている。一つ一つみんなで力合わせて、段階的に継続的に解決に向けた取り組みをしていけば、「明けない夜はない」。
 (ケー)



 阪神淡路大震災、新潟中越地震、東日本大震災、そして今回の熊本地震。
 日本中で起こる地震、そして地滑り、川の氾濫、火山の爆発等、災害に見舞われる。
 その時々、その地域において、住民たちの苦労は多岐にわたる。
 障がい者は特に大変。
 苦労に見合った支援が適切になされる必要があるのだ。 

 (ケー)
関連記事

COMMENT 0

WHAT'S NEW?