ブレのない危機管理

 26, 2016 05:00
 東日本大震災から5年がたった。
 発災当初の山形市内を中心としたさまざまな状況について、本ブログに記述した今までの内容を再録している。

以下では、津波のこと、原発のこと、危機管理のことを話題にしている。
 平穏無事が当たり前で、何も問題はないとしていたつけが一気に来てしまった。
 いざという時の気構えがないので、あわてふためいてしまった。
 リーダーというのは有事に強くないとだめだなあと思う。




♯地震発生から31日目=ブレのない危機管理
 
 April 10 2011 10:53
 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から31日目(4月10日、日曜日)。 また、大震災発生から31日目の新しい朝を迎えた。

津波が迫ってくる映像

 もう、あれから1ヶ月が経った。
 想像したこともないあの被災状況を映像で見せられ続けた。猛スピードで津波が目の前に迫ってきて、津波警報が街中に鳴り響き、スピーカーから避難指示が流れ続ける。
 街中をあっという間に波が呑み込む。逃げ遅れた人が流され、家が流され、車が流され、大きな船までが内陸部深くに流れこむ。
 防潮堤も10メートルの高さにもなった津波によって、楽々超えられてしまう。真っ黒な波であの賑わいのあった町がおおわれる。それも土煙を巻き上げて、はじめは何ごとが起きたわからない感じの恐怖に包まれる。ごーという音響、みっしみっしと異様な音があたり一面に響きわたる。
 波に呑み込まれた町は、建物が根こそぎもっていかれ、土台を残すのみ。そして、がれきの町に変わっている。声も出ない光景が続く。

 そして、山形市内にいた自分の生活にも今まで経験したことないことが次々と起きた。信号機が止まり、停電が長く続いて不安な夜を過ごす。暖房もない。頼るのはろうそく、懐中電灯、ラジオ、湯たんぽ。

 福島第1原子力発電所が危険な状況になっていることを知ったのは、震災(3/11)の翌日夜半すぎに電気が付いてからである。

 1ヶ月経った今でも福島原発は予断を許さない。
 原発事故に対する政府の危機管理について、不十分な点を感情的に今指摘しても、なんらいいことない。
 それよりも、政府がブレない危機管理体制で臨むことの重要性を指摘するコメントを宮家邦彦氏(元首相公邸連絡調整官、現立命館大学客員教授・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)は「msn.産経ニュース」で以下のように述べている。

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【引用始め】

msn.産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110407/dst11040714530034-n1.htm
宮家邦彦

原発、首相対応がネット上で炎上も、危機管理の要諦…
2011.4.7 14:49 (1/3ページ)

 福島第1原発をめぐる戦いは長期戦の様相を見せ始めた。原子力は素人の筆者だが、「ついに来るものが来た」との思いを禁じえない。危機管理に際しては、よほどの確信でもない限り、常に最悪の事態を想定すべきである。このことを今回改めて痛感させられた。

 その「危機管理」能力に関し、菅直人内閣がネット上で炎上している。正しい情報を出さない、情報伝達が不十分、責任の所在が不明確、統治能力を欠く、パフォーマンスばかり、リーダーシップがない、国家意識が欠けている、等々かなり手厳しい内容だ。

 もっともらしく聞こえるが、実は的外れの批判も多い。「危機」になれば多くの方策が不調に終わり、その不満は必ずトップリーダーに向かう。首相を弁護するつもりはないが、今回の危機管理の議論を単なる政局談議や現内閣批判に矮小(わいしょう)化させてはならない。

 日本では、政府の「危機管理」を批判する側にも、「危機管理」の要諦(ようてい)をあまり理解していない人が多いのではないか。当然だろう。この国には万単位の犠牲者が発生し10万人単位の軍隊を運用する大規模「危機管理」作戦を指揮した経験など誰にもないからだ。

2011.4.7 14:49 (2/3ページ)

 筆者が米国の「危機管理」を目撃したのは2004年のバグダッドだった。当時イラク全土に20万人の多国籍軍が展開し、毎日多数の米兵とイラク市民が手製爆弾の犠牲になっていた。当時米軍を内側から見ていた筆者が考えた危機管理の要諦は次の通りである。

 第一は、一度発生した「危機」は「管理」できないという悲しい現実だ。そもそも管理が可能なら、事態はまだ「危機」ではない。危機の真っ最中に個々の不手際の「犯人捜し」をすることぐらい非生産的なことはない。

 第二は、危機管理の具体的手順だ。ポイントは「危機の特定、評価、理解、対応と情報の管理」であり、この順番を間違えてはならない。最初にすべきは、情報パフォーマンスなどではなく、迫り来る危機の規模を正確に特定・評価することである。

 危機の規模さえ決まれば、後は最悪の事態を想定し、損害を最小にするため必要な資源を準備する。具体的な対応はその道のプロに任せればよい。国民へのメッセージの内容を考えるのは、これらの大筋が決まってからでも決して遅くはない。

 最後に重要なことは、政と官の役割分担だ。危機の特定・評価は職業政治家の仕事であり、理解・対応は基本的に軍、警察、消防など職業公務員の仕事である。間違っても政治家は、危機に際し全ての運用の詳細を管理しようなどと考えてはならない。

2011.4.7 14:49 (3/3ページ)

 以上は簡単なようで、実は非常に難しい。04年のイラクでは、米国の文民トップがイラク軍解体の悪影響を読み違え、政治が軍事作戦に介入したため、信じ難い大失敗が何度も繰り返された。あの百戦錬磨の米国でも危機管理はかくも難しいのだ。

 今回の福島原発危機では、初動段階で原発「廃炉」という危機特定の判断が遅れる一方、首相官邸は現場の自衛隊、警察、消防各部隊の放水の順番まで決めていたと聞く。これでは狡(ずる)賢い官僚組織が危機後の「焼け太り」を狙って跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するだけだろう。

 今からでも遅くない。職業政治家は危機の最終的規模を見極め、指揮命令系統を統一し、必要なら政治責任を取る腹を決めるべきだ。個々の対応は専門家に任せればよい。このようなブレのない危機管理なら、国民も必ず支持してくれるはずである。

【引用終わり】

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 今まさに起きている原発の危機回避に対する提言である。
 そして、その順序どおりに実施する。順序を間違え、自分の任務をわきまえないと混乱ばかり生ずる。それは次の通りである。
 1 個々の不手際に対する「犯人捜し」はしない。
 2 危機の規模を正確に特定・評価する。
 3 最悪の事態を想定し、損害を最小にするため必要な資源を準備する。
 4 具体的な対応はプロに任せる。
 5 情報の管理。
 6 政と官の役割分担
 7 職業政治家の仕事=危機の特定・評価
 8 軍、警察、消防など職業公務員の仕事=危機の理解・対応。

 9 結論
 職業政治家は危機の最終的規模を見極め、指揮命令系統を統一し、政治責任を取る決断力が必要である。

 こうしたことさえやってくれれば、「明けない夜はない」。
 国民は菅政権に任せている。菅政権をとりまく政治家たちが、テレビで発言するのをみていると寝不足という顔をしている。それでは、決断力が鈍る。交替してでも必要な睡眠をとってほしい。日本の命運がかかっているのだから。
 ヒットラーは部下の参謀たちが判断を誤るのはなぜかを心理学者に研究させたという。その時の結論は睡眠不足による疲労が原因となった。ヒットラーは直ちに参謀たちに睡眠不足の解消を命じた。
 しかし、ヒットラー自身が自分のことを振り返ることなく、疲労していたので判断能力が落ちていたことは確かである。それが歴史の冷厳な事実である。
 (ケー)




 現在進行形の熊本地震が激甚災害指定が決定した。
 生活再建がスムーズに進むことを願うばかりだ。
 こういう時こそ、オールジャパンでの取組こそ必要である。 
 (ケー)
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