仙台から営業担当者が来訪

 15, 2016 05:00
 東日本大震災から5年がたった。
 発災当初の山形市内の状況について、本ブログに記述した今までの内容を再録している。

自転車で育成会まで行ってみたのだが、大変だったので1日限りでやめてしまった。
 これではねえ。
 大震災から20日が過ぎて、その心境をつづっている。
   


【引用はじめ】

♯地震発生から20日目=仙台から営業担当者が来訪

March 30, 2011 09:29

 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から20日目(3月30日、水曜日)。
 また、大震災発生から20日目の新しい朝を迎えた。

うす白色の空模様

 山形市内の天気はくもり。雨も降る予報。朝の寒さも結構こたえる。
 うす白色の空模様で、周りの山々も見えない。ただ、なんか変に赤みがかったお日様がぽかっと浮かんでいる感じ。
 本日は自転車通勤やめた。
 三日坊主ならぬ一日限りとなってしまった。天気のいい時に自転車を使えばいい。
 ガソリンスタンド前も並んでいる車がなくなった。給油中の車がふだんより多いのは確か。通勤時間時間帯に給油している車は震災以前にはそんなになかった。
 コンビニの駐車場に「おにぎり100円」ののぼり旗も立っていた。

仙台から二人営業担当者が来訪

 昨日は、震災以来初めて仙台から二人営業担当者が山形県育成会事務局に訪ねてきた。
 ガソリンをようやく確保することができたと言っていた。
 山形に比べて、仙台はガソリン確保はまだまだ厳しいという。
 地震がきた瞬間、「予想通りの宮城沖地震がきたんだ。それにしても、長い、長すぎる、ビルが崩壊するんじゃないか」と心配になったという。
 石巻で被災にあい家が流された妻の実家の家族と、今一緒に暮らしているという。
 会社の同僚にも原発近くから通勤していた社員もいて、今別の場所で避難生活している。
 また、親戚にも行方不明のままの人がいて心配だと言っていた。
 被災地に足を踏み入れてきたが、今まで見たことのない光景が続いてやりきれなくなったそうだ。
 戦災にあった感じと表現していた。
 被災地でも被害を直接的に被った地域と、山手側で被害にあわなかった地域がある所は、微妙な温度差が生じているらしい。
 これからどうすべきかといった防災に対する問題意識の真剣さにずれが見えるというのだ。
 仙台市内でも、大被害にあった人たちと、被害がほとんどない人もいて、リアルに物事をとらえることなく、バーチャルなとらえ方しかできず、今さえよければいいと考えている人もいるといった感想を述べていた。
 そして、復旧のために他地域からいろんな応援が入っているため、ホテル、旅館は満杯状態が続いている。

原発危機は継続中

 原発危機は継続中といった話題にもなった。
 福島第一原発の心配はみな共通。難題が次々に生じている。原子炉を冷却するために水に入れ続けると、あふれた水と共に放射線物質の漏えいが問題になる。
 冷却水を入れなければ、原子炉を制御できない。
 循環できる装置をつくるにも、放射能濃度が高くて作業ができない。
 あらゆる知恵を結集するしかない。その中で、最善の方策を直ちに実行してほしい。
 きっと世の中には解決を図ることが出来る知恵のある人がいるはず。日本にいなければ、海外に協力を求めるしかない。

 それでも「明けない夜はない」。努力し続ける人がいる限り。 
 
【引用終わり】



 昨夜(平成28年4月14日)、熊本を震源地とする大きな地震があった。
 熊本県益城町(ましきまち)で震度7を観測。
 今現在死者は4人と発表されている。
 負傷者も多数で、熊本市内の病院は対応におわれている。
 また、相当数の家屋倒壊もあって、調査中である。
 この地震はマグニチュード6.5を記録。
 南北方向に引っ張られる力で断層が横に動いたのが原因と言う。
 横ずれ断層型の地震だった。
 震源の深さが11キロで浅かった。
 そのため、震度7と激しい揺れに見舞われた。
 東日本大震災なみとなった。
 これからもまだまだ余震が続く可能性がある。
 被害状況がこれからさらにはっきりしてくるはずだ。
 日本列島に住んでいる限り、こうした地震には必ず出会う。
 どこにいても、いつ来るかわからないが明日かもしれない。
 被害に遭われた方々のご苦労を察するばかりだ。
 それがわが身だったかもしれないから。

(ケー)
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