西はずれの自宅より自転車通勤

 14, 2016 05:00
 東日本大震災から5年がたった。
 発災当初の山形市内の状況について、本ブログに記述した今までの内容を再録している。

 自宅から育成会の事務局が入居している福祉センターまで自転車で行ってみた。
 上りがずっと続く道のり。
 7キロの道のりである。
 ガソリン節約の意図があっての行動。
 しかし、体力的になかなか厳しかった。3月末、結構寒い中だった。
 大震災があったからこその行動である。
   


【引用はじめ】

♯地震発生から19日目=自転車通勤

March 29, 2011 10:18

 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から19日目(3月29日、火曜日)。
 また、大震災発生から19日目の新しい朝を迎えた。

西はずれの自宅より自転車通勤

 自宅より山形県手をつなぐ育成会事務局まで自転車で行くことにする。
 距離にして7キロの道のりになる。ふだんより30分早く出発。
 私としては初めての試み。
 山形市の西はずれに位置する自宅からずっとゆるい上りが続く。
 山形市の地形は宮城県境に位置する蔵王山からずっと西方向に扇状地として拡がった盆地である。自宅は扇状地でも扇端部に位置している。
 その西はずれから育成会事務局のある東方向に自転車を走らせることになる。
 娘が高校時代に使っていた自転車である。
 何年にもわたって放置されていたので、タイヤに空気を詰め直して走らせるのだが、こぐたびにぎしぎしと音が出る。

 途中、小学生たちの集団登校にであう。また、中学生たちも多い。
 本日は登校日らしい。
 学校は春休みにはいっているはずだから、今日は3月29日(火)年度末なので、多分離任式(教職員人事異動に伴う転退職者とのお別れの式)があるのだろう。

 ガソリンスタンドの給油待ちの車が極端に減った。10数台いるかいないかになった。
 報道によれば、通常の8割ぐらいまで油量が確保できるようになったらしい。
 今までずっと売切れの看板を出していたスタンドも開店している。
 ほとんど待たずにガソリンを詰めることができている。

寒さ対策も万全にして

 自転車通勤ということで、寒さ対策をしてきた。
 ジャージの上にスキーウェアを着用。皮手袋の下には薄手の毛糸の手袋もはめた。
 途中、体がぽかぽかしてきた。
 上着のウェアのボタンをはずし、手袋もとっての自転車こぎである。
 息もきれてきた。
 自転車と何台もすれ違う。高校生たちはどんどん追い抜いてゆく。若い女性たちからも追い抜かれる。
 自転車の性能の差か、それとも体力の差か。
 娘が通っていた高校の前を通り過ぎる。40分が経過した。

 ようやく、育成会事務局のあるビルに到着。駐輪場が特別準備されていないので、裏の出口に自転車を置く。
 ここまで、50分の時間を要した。予想では1時間はかかると思っていたが。
 階段を上る足どりはふらふら。
 明日からはやはり車かなあとふと考える。

 「明けない夜はない」と言いながら、多少の協力しかしてないなあとあらためて思ってしまう。
 (ケー)
 
【引用終わり】



 自転車通勤も一日で音を上げている。
 全くやわだ。
 被災地の人たちから比べたらいかに恵まれた状況だったか明らか。
 あの時は、育成会の行事がことごとく中止や延期になった。
 ブログを始めたばかりで、さまざまな思いを書き綴っていたことは確か。
 今振り返ると、感傷的なことばかり書いていたなあ。

(ケー)
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