水入りペットボトルを運ぶ少年

 13, 2016 05:04
 東日本大震災から5年がたった。
 発災当初の山形市内の状況について、本ブログに記述した今までの内容を再録している。

5年前、大震災から18日経過した山形市の西部地域の平穏な様子を描写している。
 また、まさに被災地のがれきの中を水運びする少年の写真を見た感動を対比して述べている。
 あの写真には多くの人たちがこみ上げるものがあったはず。
 世界中に配信された写真である。
 俳優の高倉健も台本にこの写真を貼っていたという。
   


【引用はじめ】

♯地震発生から18日目=ペットボトルを運ぶ少年

March 27, 2011 07:25

 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から18日目(3月28日、月曜日)。
 また、大震災発生から18日目の新しい朝を迎えた。

土手から眺める風景

 相変わらず寒い朝だ。雪はない。晴れた。
 外に出て、近くの須川べりに向かった。
 雪はほとんど消えているが、まだ日陰に雪が残る。
 小鳥のさえずりが聞こえてくる。からすの鳴き声がそれに時々混じる。
 朝日に輝いて晴れわたった空が拡がる。
 川辺の土手に上がると東方向に黒っぽく蔵王の峰々が浮かぶ。ただ、山頂付近は雲でかくれている。
 河川敷は排雪場になっていたので、砂利まじりの雪が小高く固まっている。これがすべてとけるのは4月半ば過ぎになるだろう。
 須川の堤防は一昨年あらたな堤防強化をしたばかりだ。30センチ以上堤防を厚くする工事だった。その上に植栽された。
 山形市内の西部地区に住むようになって30年近くなるが、自宅に水が上がってくるのでないかと心配したことが3〜4回ある。
 幸いにもそうしたことは今までなかった。
 しかし、昔はよく洪水に見舞われることがあったというのだ。
 確かに、自宅を構えてから、近くの木造の橋が流されて、新たに200メートル先の下流にコンクリート製の頑丈な橋が架けられた。
 以前よりはずっと堤防がかさ上げされ、支流から水のコントロールのために水門もいくつか設置された。
 そのおかげで、以前のような洪水の心配する必要がなくなったことは確かだ。
 しかし、河川敷にある高等学校の野球場やサッカー場は、3・4年前水が上がって被害を受けている。

 遠くの橋を渡る車が何台も行き交っている。
 月曜日の朝、勤務に向かう人たちか。
 山形市内はあまり今までとかわりない日常を少しずつ取り戻しているのかもしれない。
 
 高圧線を支える鉄塔もどっしりと構えている。
 今までじっくりながめることもなく、気にかけることもなかったが、電気を順調に送るのに大切な役割を担っているのだと、つくづく思う。

水入りペットボトルを運ぶ少年

 歯を食いしばって、両手に水を満杯に入れたペットボトルを運んでいる少年の写真をみた。
 「被災地の赤ちゃん・子供の画像まとめ−東北地方太平洋沖・・・」
  http://matome.naver.jp/odai/2130032245150589401/2130103775058450903
 がれきの中を、うつむきかげんで、厚手のジャンパーを身につけて。
 どこに運ぶのだろう、母親の元か。
 家族は無事だったのだろうか。
 厚手のズボンはいて、耳まで髪を伸ばした少年である。
 寒そうな中を、白い長くつをはいて、がれきを踏みしめて一歩ずつ進んでいる姿がクリアに写し出されている。
 この写真を見て、勝手な想像や物語を語るのはよそう。
 今この瞬間、こうして誰かのために水を運ぶ少年がいるということだ。
 がれきや、寒さに立ち向かっている少年がこの瞬間に生きている。
 この少年も自分のやるべきことを黙々とやっている。
          
 「明けない夜はない」
 
【引用終わり】



 両手にペットボトルを持ちがれきの中を進む少年。
 この少年も高校生になったという。
 5年もたつと、新たな可能性を見出すことができる。
 これからは、良い未来を切り開かないと。

(ケー)
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