1万人を超える死者

 12, 2016 05:01
 東日本大震災から5年がたった。
 発災当初の山形市内の状況について、本ブログに記述した今までの内容を再録している。

死んだ人に対する思いを以下で記している。
 毎日、新聞に発表される死亡者氏名に、いろんな思いがそれぞれあったはず。
 今もって、行方不明の人もいる。
 5年もたって感傷にひたってもしょうがないと思ったりするのだが。
 でも、関係者たちには忘れがたい。
   


【引用はじめ】

♯地震発生から17日目=亡くなった方の氏名

March 27, 2011 07:25

 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から17日目(3月27日、日曜日)。
 また、大震災発生から17日目の新しい朝を迎えた。

1万人を超える死者

 新聞は毎日、この震災で亡くなった人の数を掲載している。
 死者数が毎日のように増えていっている。
 死者10,418人、行方不明者17,072人、負傷者2,777人(3月26日午後6時現在、警察庁まとめ)
 1万人超える数字になった。
 山形県内の町や村の住民全員がひとつ以上なくなってしまった数字である。
 とてつもない数字である。
 いかにすごい地震だったか、津波だったかがわかる。
 そして、原発事故ではいまのところ死者はでてないが、これからどうなるか心配だ。
 放射性物質による被爆によって甲状腺がんを引き起こす可能性もあるという。
 かえって、将来的な影響が心配だ。

亡くなった方々の氏名

 また、亡くなった方々の氏名と居住地が新聞に毎日掲載されている。
 1歳から80、90歳のお年寄りまで一人一人のお名前が記してある。
 その氏名欄の最後尾に昨日は、「大阪府大阪市 森崎卓弥(22)=宮城県で死亡」、
 本日は、「兵庫県豊岡市 杉本ちひろ(22)=宮城県で死亡」とあった。
 それも、最後尾にひっそりと記されてある。
 県別順に書いたにすぎないということもわかる。
 しかし、それをみて私はひときわさびしい思いになった。
 私にとっては、もちろん見知らぬ人である。
 若いということ。
 被災地出身の人でないということ。
 もちろん亡くなった人に差があるわけでない。
 しかし、この人たちの家族、親戚、知り合いの人たちの悲しみはひとしおのものがあるだろう。
 遠い関西出身の人だし、宮城県内の大学に通っていた学生だったのか。
 ひょっとすると22歳の年齢を考えると、就職が決まっていた可能性だってある。
 関西の地元の企業に就職することになっていたなんてこともあるだろう。
 いや、たまたま旅行にきていて、地震・津波に巻き込まれたか。
 誰にだってこれからの人生があったには違いないが、ひときわこの二人にとって、新たな人生に向けた設計があったに違いない。
 こうみるとこの震災は東日本だけの問題でない、西日本の人たちにも大きな悲しみをもたらしている。

 「がんばれ日本、がんばれ東北」と3月13日、イギリスのインディペンデント紙は大見出しでそれも日本語で載せたという。
 海外からもこうした強いメッセージが送られている。
 オールジャパンで復旧・復興に向けて、着実にやり抜くしかない。
 「明けない夜はない」ことを信じて。
 
【引用終わり】



 警察庁による、平成28年(2016年)3月10日現在の調べでは次のようになる。
 死者15,894人、重軽傷者6,152人、行方不明者2,561人。
 戦後最大の自然災害による死者数となった。
 震災による直接的な被害額は16兆円から25兆円と試算されている。
 岩手・宮城・福島の3県の県内総生産合計に匹敵する額。
 自然災害による経済損失額は史上最高額というのだ。
 人も物も大きく失った。
 5年の歳月は、それを取り戻すのにまだまだ足りない。

(ケー)
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