安心する説明

 10, 2016 05:00
 東日本大震災から5年がたった。
 発災当初の山形市内の状況について、本ブログに記述した今までの内容を再録している。

 福島第1原子力発電所の被害は、大震災被害の中でも輪をかけて大きいものだった。
 そのお蔭で、今も風評被害が絶えない。
 あの当時、日本にある大使館の多くは、在日外国人に対して国外に直ちに逃げるよう情報を発信していたという。
 米国大使館からは、米国国籍の人に対して、東京にある横田飛行場に飛行機を準備しているから国外脱出するよう緊急情報が出されたというのだ。
 それだけ、外国人にとって、危機としてとらえられたのである。
 日本人の私にとってそんなに危険な感じはなかったのだが。
 外国人には、原発がメルトダウンして日本は大変なことになってしまうと思えた。
  


【引用はじめ】

♯地震発生から15日目=さんてんいちいちから2週間

March 25, 2011 10:01

 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から15日目(3月25日、金曜日)。
 また、大震災発生から15日目の新しい朝を迎えた。

安心する説明を

 東京は水質の放射能汚染で大騒ぎしたと思ったら、基準値以下になったなんて言っている。ミネラルウォーターは売切れ続出。
 福島県産の農産物は大被害。出荷差し止め。きっと海産物にも及ぶだろう。福島県産というだけで食品加工品すべてになにがしかの影響を与えるに違いない。
 地震、津波、原発でたいへんな被害を被っているのに、またさらに追い打ちをかける二次、三次被害にまで対処しなければならなくなった。
 こうしたことに対して、私たちが加担することはあってならない。
 何が真実か見極めないと。
 政府も、マスコミも結論をずばっと、わかりやすく、安心する情報を提供してほしい。
 正確さを求めすぎて、あまりに細かい説明が多すぎる。
 あとから隠していたのではないかと追及されることを怖がっているように見える。
 今は、そんなことを考えていること自体国民不在である。
 みんな安心してこの国難を乗り切る説明こそ重要なのだ。
 あとからこれはどうだったと言われようが、緊急事態の対応だったからしょうがないとして国民の多くは許すはず。
 難しい説明で惑わすことのないようにしてほしい。
 今からでも遅くない。

 難しい課題が山積している。
 眼の前にある課題一つ一つに立ち向かい、乗り越えていけば必ず成果が見え、解決に向かうはず。
 「明けない夜はない」ことを信じて。
 (ケー)

【引用終わり】



 当時は、混乱の極にあった。
 何もかも見通しないまま必死に動き回っていた。
 今振り返ると大げさすぎたというところもあったりする。
 でも、あの当時それが分かるわけがない。
 原発事故など起こすと、どこの国も助けてくれない。
 事故対策は万全なものでなければと思うのだが。
 想定外が起こったら、どうするか。
 それも踏まえての対策なんて、それこそ想定外と言葉遊びにしかならない。
 万全などない。
 今考えられる最善策も限界があることを認識しておく必要がある。

(ケー)
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