忘れようにもないあの時の記憶

 09, 2016 05:03
 東日本大震災から5年がたった。
 発災当初の山形市内の状況について、本ブログに記述した今までの内容を再録している。

3.11の大震災から2週間経っての、平成23年3月末の心境が綴られている。
 一生忘れようもないことが起きた。
 手を施しようもなかった。
 あれほどのことが起きようとはだれも予想だにしてなかった。
 無力さを感じてしまう。
 あまりにも無防備であったことを。
  


【引用はじめ】

♯地震発生から15日目=さんてんいちいちから2週間

March 25, 2011 10:01

 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から15日目(3月25日、金曜日)。
 また、大震災発生から15日目の新しい朝を迎えた。

忘れようにもないあの時の記憶

 3.11(さんてんいちいち)のあの時より2週間が過ぎた。
 時は一刻一刻と経ち、止まることをしない。
 あの時の記憶はいつまでも忘れようがないほど、日本人全体に残るに違いない。
 そして、この大震災がもたらした災厄に備えようとするはずだ。
 しかし、そうした考えはまだ早い。
 今は、まだ被災者を救うのが先決であり、原発の冷却に全力を注がなければならない。
 災害は今もって進行中である。
 救援物資が必要なところに必要なだけ届いてないのが現状だ。
 原発だって、冷却装置の復旧のため電源工事が続いている。そして、作業員の中に作業中に被爆者が三人出た。
 それを解決するのが何を差し置いての優先すべきことである。

相も変わらず車列が続く

 今朝はまたもうっすらと雪が積もった。
 車の雪をブラシで取り去ってから職場に向かう。

 今日も給油待ちの車列が片側ずらっと並んでいる。
 山形ナンバーだけでなく、福島ナンバーとか柏ナンバーの車もいる。
 給油所の灯油売り場には、子ども連れで灯油を購入する女性たちもポリタンクを持って並んでいる。
 寒い中でどれぐらいの時間並んでいるのだろう。
 ホームセンターの前を通ると、灯油は品切れと表示されている。

 本日は今まで閉店していた給油所が開店したらしく、別の場所の渋滞にみまわれる。

 山形市内はまだまだこんな状況が続いている。

【引用終わり】



 それにしても、私たちが生きていた時代にこうした大災害が起きたことを次にどう生かすか。
 5年後、被災地は復興に向けた取組を営々と続けている。
 また起こるかもしれない大震災を想定して。
 被災地だけでなく、日本全体が津波や地震対策等を真剣に行っている。
 いつ起きるともわからない。
 あるいは自分が生きているうちは起こらないかもしれない。
 その予測が立ちにくいことのためにやっておく。
 5年もたつと、リスク管理の必要性があの当時と比べてずっと薄まってきている。
 それが風化というものである。
 やむを得ない部分もある。
 しかし、この日本列島に住む限り、いつか誰かが5年前のような大災害に巻き込まれることだけは確か。
 明日かもしれない、百年後、それとも千年後かもしれないが。

(ケー)
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