今までにない通勤風景

 05, 2016 05:00
 東日本大震災から5年がたった。
 発災当初の山形市内の状況について、本ブログに記述した今までの内容を再録している。

 今までは、考えられない通勤風景になっていることが以下に綴られている。
 バスを利用している人が多い。
 自転車通勤も多い。
 もちろん、歩いての通勤も多くなっている。
 震災から13日目の山形市内の通勤風景である。
  


【引用はじめ】

♯地震発生から13日目=ようやっとガソリン詰めた

March 22, 2011 9:42

 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から13日目(3月23日、水曜日)。
 また、新しい朝を迎えた。

通勤風景=徒歩・自転車・バス多いぞ

 通勤途中のガソリンスタンドはまだ開店前というに相も変わらず長蛇の列。
 本日はどれぐらいでガソリンを詰めることができるのだろうか。
 ガソリンがなくなれば閉店である。
 午前中で売れ切れるみたいだ。

 いつになく自転車が多い。
 また、歩いている人が多い。
 バスに乗り込む人も多い。
 自転車こいでいる人を見るとつらそう。
 雪だし、寒いうえに上りが多い道路なのできついようだ。
 また、ふだんほとんど自転車に乗ることもないので、整備が行き届いてないようでさびついたママチャリにまたがっている人もいる。
 みんなそれぞれなんとかしている。
 今までしていたことができなくなると、その代替手段に切り替えるのがすばやい。

 道路はすいている。
 渋滞がほとんどないまま職場まで到着することができた。
 自分の境遇の順調さに空恐ろしいものを感じてしまう。
 本当はこれが日常だったはずだが。
 それが今の山形市内でさえそうなっていないのだ。

【引用終わり】



 みんな不便さは承知の上で、何らかの代替手段でもって目的を達成しようと努力するものだ。
 今までみたいな便利さにおんぶできない。
 あまりに便利過ぎた。
 その便利を享受できなくなった。
 その時、どうするか。
 他の方法をいろいろ考えだす。知恵を働かせている。その程度のことが知恵といえるかどうかわからないが。
 しかし、直接の被災地ではなにもかも破壊された。人も多数亡くなった。
 簡単な代替手段なんて言っていられない状況であった。
 個人で何とかなる問題でなかった。
 自衛隊が動き、行政が動き、町全体で協力しなければ何ともならなかった。
 その協力体制の良しあしが復興スピードを左右している。
 不幸にも原発事故まで引き起こしてしまった。廃炉までは何十年も要する。

(ケー)
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