障がいのある当事者と共に寒い避難所で肩寄せ合って

 24, 2016 05:00
 東日本大震災から5年がたった。
 発災当初の山形市内の状況について、本ブログに記述した今までの内容を再録している。
以下の内容は、本ブロガーが勝手に想像したものだ。
 被災者として、避難所生活で障がいのある子をもった親たちは、こんな苦労しているかもしれない。
 こんな思いを綴っただけなのだが。
   


【引用はじめ】

♯地震発生から7日目=想定外の復興に向けて( March 17, 2011 09:13)

平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震から7日目(3月17日、木曜日)。
 また、新しい朝を迎えた。
 山形市内は、こまかい雪が降り続いている。
 名残雪なんていう唄に出てくる情緒的なものでない。
 本格的な降り方になっている。

障がいのある当事者と共に寒い避難所で肩寄せ合って

 被災された人々も厳しい環境の中で、また新たな朝を迎えているはず。
 避難所で夜も眠れないだろうなあ。
 被災した育成会の会員の人たちもどうしているだろう。
 障がいのある当事者と共に寒い避難所で肩寄せ合って、また今日一日が始まる。
 食料、水が手に入るか。トイレはどうするか。電気だってきてない。毛布がほしい。もっときちんとした情報がほしい。あの人に連絡とりたいが全然つながらない。無事でいるだろうか。
 障害のあるわが子のてんかんのクスリもない。
 なんとか手に入れたい。
 自傷行為がまた始まった。なだめてもなんともならない。
 周りからはずっと白い眼で見られている。
 もういろんなことが錯綜して整理がつかない。
 なんとかしてほしい。

【引用終わり】



 避難所生活は解消して、仮設住宅で生活している人もいるだろう。
 仮設から自宅に移った人だって、生活が以前とはまるっと変わってしまった。
 そのため、子どもはなかなか落ち着いてくれないことはないのかなあ。
 あれから5年たつし、子どもも成長した。
 いろんな苦労の中で、子どももそれなりの安定をしていればいいのだが。

(ケー)
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