山形空港24時間体制で運用

 21, 2016 05:00
 東日本大震災から5年がたった。
 発災当初の山形市内の状況について、本ブログに記述した今までの内容を再録している。
 山形空港が被災地への物資輸送基地となった話を、以下に記している。
  


【引用はじめ】

♯地震発生から5日目( March 15, 2011 16:22)

3月11日(金)14時46分の東北地方太平洋沖地震発生から4日目(3月15日、火曜日)。

山形空港24時間体制

 家の上空を早朝から、盛んに飛行機やらヘリが飛び交っている。
 「大震災の救援物資や人員の被災地への迅速な輸送に対応するため、山形空港(山形県東根市)の運用を24時間化した」せいかなあと思う。
 仙台空港の津波で浸水したあの状況をテレビで見せられると、とてもじゃないがなんにも使えないだろうなあということがわかる。
 仙台空港というのは、こうした大災害に備えて、その発着基地として機能するように想定されていた。
 それが想定以上の大災害によって役立たなくなった。
 海岸線から2キロも離れていて、伊達家によって400年前に植林されていた防潮林も何重にもわたってあったというのに、それを越えて津波が押し寄せてきたのだ。
 
 宮城県に入る太平洋側からの交通路が遮断されていて、山形方面からしか入れないみたいだ。
 笹谷峠、関山峠、二位宿峠、国道47号北羽前街道中山峠といったルートになるのだろう。

 それにしても、余震が続いている。

 「明けない夜明けはない」ことを信じて。

【引用終わり】



 山形空港は、地方空港として例にもれず赤字経営が続いている。
 山形新幹線ができてからはなお一層経営難になっていた。
 それが、震災直後は被災地へ物資等を運搬する前線基地に変貌。
 大いに役立った。
 そうかこういう時に活用できることがわかった。
 コストパフォーマンスだけで物事を判断できない。
 バックアップ機能も考えたやり方が必要。
 ただ、大災害に備えた平穏時にどんな活用をし続けるのか。
 できるだけコストがかからない運営をしないと。
 そうしなければ、いざという時しっかりした対応だってできないから。
 今、そのための努力ということで、名古屋便の増便が実現しているみたい。
 また、台湾の観光客を呼び込もうとチャーター便も検討しているらしい。
 早割りチケットだと相当に安上がりになると聞く。
 山形空港維持のため、涙ぐましい努力をしている。
 地方創生の一環といっていい。
 人口減少、高齢化現象には歯止めがきかない。 
 泣き言いってもはじまらない。
 今ここにいる人たちでなんとかしなければ。
 そして、次の人たちが希望もてるようにバトンタッチしていく。
 被災地も少しずつ立ち直ってきている。
 山形空港も少し光明が見える取り組みをしている。
 わが山形県手をつなぐ育成会も前向きな努力を積み重ねているが・・・・。

(ケー)
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