復旧への取組

 20, 2016 05:00
 東日本大震災から5年がたった。
 発災当初の山形市内の状況について、本ブログに記述した今までの内容を再録している。
節電、食材不足、暖房なし、今までごく当たり前だったものがなんともできない状況になった。
 文明社会というシステムがずたずたにされた。
 今までの生活がそれに頼り切りになっていたのだ。
 こんな大災害が起ころうとは予想だにしていなかった。
 バックアップシステムは無駄との思いがどこかにあった。
 いつ起こるとも分からないものに対して、真剣な取組をしてこなかった。
 個人の問題が大きい。
 以下、震災当初の状況だ。
  


【引用はじめ】

♯地震発生から5日目( March 15, 2011 16:22)

3月11日(金)14時46分の東北地方太平洋沖地震発生から4日目(3月15日、火曜日)。

事務局ビルでも制約

 山形県手をつなぐ育成会事務局の入っているビルも、エレベーターのドアに「節電のため階段をご利用ください」の表示が貼ってある。

 ビル内の食堂からもチラシがまわってきた。
 「〜お客様へお願い〜 この度の地震の影響により、食材の確保が難しいために、当面の間、日替弁当メニューの変更、または販売数によっては、売切れにさせていただく場合がございますので、ご了承ください。
 また、店内メニューも一部、減らさせていただきますので、よろしくお願いします。」

 そして、本日より暖房13時まで。午後から暖房なしで仕事することになる。
 ボイラーの重油の供給に見通しがたたないという。
 設定も常時「弱」でというお達しもきている。

ラジオで節電呼びかけ

 ラジオでも、東北電力からお知らせということで、発電所も被害にあって、電力の供給がおいつかない状態なので、節電にご協力くださいと、繰り返し呼びかけている。
 今、必死で発電所の復旧に努めているので、しばらくご不便をおかけしますが、ご協力くださいということだ。

 ライフライン復旧のため、電力会社、ガス会社、水道の担当者は昼夜問わず働いてくれているのだろう。
 自衛隊、警察、消防、役所の職員たちが一丸となって救援活動に取り組んでいる。
 会社の皆さんだって、がれきの除去、飲料水・食料の確保、情報インフラの復旧に力を発揮してくれている。

【引用終わり】



 ライフラインの損害が甚大だった。
 生き死にに直結する問題。
 特に、原発事故は今もって廃炉に莫大な費用がかかっている。
 それがいつまで続くかわからない。
 
(ケー)
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