家に到着

 14, 2016 05:17
 東日本大震災直後の本ブロガー、ケーは以下のように動き、感じていた。
 育成会事務局から、自宅まで車で2時間かかった。
 日常が大きく変わった様子である。



【引用はじめ】

*100年に1度の大地震発生=東北地方太平洋沖地震(March 13,2011 10:20)

家に到着

 家に着いてみると、やはり停電。
 女房は、ろうそく、懐中電灯を準備。
 情報源はトランジスタラジオのみ。
 暖房は幸いにも反射式灯油ストーブを常日ごろから使っていたので、助かりました。
 FF式のストーブしかない家では暖房に困っているだろうなあと、思わずにはいられません。
 プロパンガス、水道ともに使用可能。
 早めに夕食。
 インスタントラーメンを食す。
 ろうそく、懐中電灯の明かりの中で、食事。
 テレビ、インターネットを使えず。
 ちょっと外に出てみても、どこもかしこも真っ暗。
 雪明かりでぼーと多少見える程度。
 なんか手持ちぶさた。

育成会会員の皆さん心配

 自宅の建物そのものは、幸いにも多少「額」が落ちた程度で済んだのは不幸中の幸い。
 他の地域の人たちは、大災害に遭ったのだろうと心配するのみ。
 山形県内育成会の会員はどんなだろう?
 県外の会員には大被害を受けている人たちもいるに違いない。
 宮城県、福島県、岩手県の会員の方々にはお見舞いを申し上げます。
 障がい者にとっては、こうした大災害に遭遇した時、一番の被害をあう可能性が高い。
 地域内での協力・連携による共助こそ大切になります。
 それがうまく機能するには、常日ごろからのきめ細かなつながりこそ必要なのだろう。

【引用終わり】



 太平洋岸の被災者に比較したら、何ごともなかったといいくらいの変化でしかなかった。
 そして、育成会の仲間に対する何ともぼけた感想しか述べていない。
 大して被害がない分、他人事である。
 被害のすごさを実感できていない。
 5年後の今、大分復興が進んできたとはいえ、まだまだといった報道が目立つ。
 歯がゆい思いで取り組んでいる人たちが、多くいる。
 そういう人たちに共感し、同情するぐらいしかできない俺がいる。

(ケー)
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