千年に一度の大震災から5年が経ちました

 11, 2016 05:07
 あの日から今日で5年が経った。
 東北地方太平洋沖地震である。
 この地震によって引き起こされた災害は、東日本大震災だ。
 最大震度7、宮城県栗原市で記録している。山形市は震度4であった。太平洋岸の都市に比べて、被害は極めて少なかった。
 しかし、本ブロガーのケーは、その当時のことを平成23年3月13日(日)、以下のように記述している。
 当時の地震が起きていた時、時計を見て2時28分とメモしたのだ。メモした文字もまともなものでなかった。 



【引用はじめ】

*100年に1度の大地震発生=東北地方太平洋沖地震(March 13,2011 10:20)

3月11日(金)14時46分

 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分、あなたはどこにいましたか?
 ケーは、山形県庁(山形市松波)9階、901会議室にいました。
 県庁職員から「やまがた社会貢献支援基金助成制度」の説明を聞いている最中でした。
 突然、緊急放送が入りました。
 「大きな揺れがきます」。
 ケーは「えっ、訓練。いっしゅん、他人事のようにそう思いました。」
 そうしたら、ぐーんと揺れがきました。
 「ほんものだ」と思ったら、さらに大きく揺れ出しました。
 「なんだ」「なんだ」とのとまどい。周囲もざわざわとしだしました。
 説明に立っていた県庁職員も絶句した感じでした。
 ケーは、長机の端をしっかり握っていました。
 隣にいた、山形市手をつなぐ育成会の会長さんも、とまどいぎみ。

2.48と会議説明資料の端にメモ

 なにげなくこの時間をメモしようと思い、握っていたペンで配布されていた会議資料に時計の時間を書こうとしました。
 2.48と会議説明資料の端に書いたら、まともな字にならずきちんと書けません。
 数字が曲がってしまいました。
 揺れているので、手の自由がききません。

 後ろの席にいた着物姿の中年過ぎの女性たちが、「ああ、きもちわるい。きもちわるい。」とさかんにくりかえし声が聞こえます。
 本当に長い。揺れがずっと続くのです。
 ぐーらぐーらと大きく揺れ続けています。

 何分続いたのか、4〜5分は揺れたのかなあという感じです。
 スマートフォンで見ている人は、震度7と言っているのが聞こえました。
 宮城県沖が震源と言っていました。
 それでさらにすごい地震なんだと、実感しました。

【引用終わり】



 以上のような記述を読むと、当時のことがリアルに思い出される。
 不安と言うより、現実感がなく、ただ揺れるままに身を任せていた感じだった。
 あそこにいた人たちは、みなそうだったような気がする。
 あの地震によって、1万5894人が亡くなった。山形県内の死者は2人。
 行方不明者2561人。
 この中に、障がい者はどのぐらいいたのだろう。育成会の会員も多くいた。
 本日、午後2時46分、冥福を祈ろう。

(ケー)
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