わかりやすい情報に接する機会がなかった

 27, 2016 05:00
 今までずっと知的障がい者に対しては、主体的に情報アクセスすることを考えてこなかった。
 支援者が知的障がい者の意を汲み取る形で、対応することで良しとしてきた。
 しかし、本当にそれで良いかと以下で問題提起している。
 内浪文子氏による問題提起だ。
 内浪文子氏の論稿の第3回目として紹介する。



【引用はじめ】

2015.07.28 Tue
知的障害者への情報提供――わかりやすい情報提供の実現に向けて
打浪文子 / 障害学
http://synodos.jp/welfare/14700/2

知的障害者への情報提供の必要性

 実際、情報機器を使用する際や日常生活における情報伝達において、知的障害者自身が情報アクセスの主体であるということは、本人にも支援者や家族にも意識されにくい状況にありました。
 情報伝達やコミュニケーションが難しければ家族や支援者が代読・代筆や意思伝達をすればよいという考えが主流であったからです。

 ですが、知的障害者がいつでも家族や支援者から援助を得られる状況にあるわけではありません。
 また、時には家族や支援者こそが意識的・無意識的に情報伝達やコミュニケーションを妨げてしまう場合もあります。

 「自分たちは かんがえても うまくひょうげん することが むずかしい。
 どこが 人と ちがうのか あいてに つたえることが むずかしい。
 おや まわりの人の つごうで ふりまわされている。
 自分たちが どうやって わかりやすい じょうほうを もらい けいけんをし、たっせいかんを えていくかです。
 そのために じょうほうの バリアを なくして ほしい。
 それが ごうりてき はいりょ です」(原文ママ)
 (土本秋夫(2011)「バリア(かべ)とおもうこと」『ノーマライゼーション』31(12),31-33.)

上記の文章は、知的障害のある方によるものです。

【引用終わり】



 知的障がい者も自ら情報を理解し、情報発信できる仕組みがあってこそ、より良い生活となる。
 もちろん、知的障がい者はそれぞれ障がい程度・状態が異なるので、情報アクセスのあり方も異なる。
 一律な情報提供でいいわけではない。
 その難しさはある。
 まず、個別に合った対応から少しずつ広げていく。
 どんな工夫があれば良いか。
 どういう人にはどんな工夫が適切か。
 どんなところにネックがあり、どういう人には限界があるか。
 さまざま試みて、有効な方策を積み上げていく情報支援センターの設置を考えられないものだろうか。
 
(ケー)
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