医学的見解と教育学的見解の違い

 02, 2015 05:23
 精神遅滞者への対応について、戦後大きな見解の相違が生じた。
 医学的な立場と教育学的な立場の見解からくるものだった。

 これに関して、以下において森はな絵氏が述べている。
 森氏の引用は第38回目となる。



【引用はじめ】

知的障がい者との共生社会の実現
森 は な 絵
www.f.waseda.jp/k_okabe/semi-theses/11hanae_mori.pdf

2.3 成文化されるまでの背景

 第二次世界大戦終了後に、これら二つの伝統的見解の間に」大きな衝突が起こった。
 1944年に、義務教育制度の法律が制定され、学校問題や教育学の考え方、または学校のあり方等について議論されたがその対象となったのは教育可能と判断された児童だけのもので、 それ以外の児童について法律は関与していなかった。
 この時期に医学的見解との違いが明白になり始めた。
 医学的見解は、上でも述べた様にこのような状況を「絶望的」と判断し、社会にできることは十分な資源をもつ大型施設でこのような人たちをケアすることであった。
 これに対し教育学的な見解というのは、精神遅滞者には教育を受ける能力はあるので、必要なのは特別な教育方法であるということであった。
 また、その教育も大型施設でではなく小規模の施設で普通学校の協力体制のもとで行われるべきだと主張した。
 この対立した議論の結末は、現在のスウェーデンの状況をみればわかるが教育学的見解が勝利した。
1950年代に入ると、施設でのひどい状況がマスコミで取り上げられるになり、この時期から施設に入る必要性や施設内での状況が深刻に考えられるようになり、親の会が結成されたり協会が生まれたりした。
 そして、いまでも議論されている普通学級と特殊学級に関して話し合われるようになってきた。
 そして1960年に入った頃に、ノーマライゼーショ ンという用語が使われ始めた。
 ノーマライゼーションの原理は臨床的な専門用語を用いず、日常使用されている具体的な言語が使われていたため誰にでも理解しやすかったため、全 く違う分野の人たちも障がい者に関する議論に加わるようになっていった。

【引用おわり】



 当初、義務教育の対象とされたのは教育可能な軽度の精神遅滞者のみであった。
 その他は、就学猶予・免除とされたのである。
 医学的見解によれば、就学猶予・免除となるような精神遅滞者は「絶望的」とみなした。
 結局は、社会から隔絶した大型施設に収容することが適切としたのである。
 しかし、教育学的にみれば、精神遅滞者に対する特別な教育方法が可能であると考えられた。
 それも小規模施設において、既存の教育機関を利用して実施することが効果があると実証されたのである。
 こうした現実を目の当たりにした親たちにとって、教育の可能性が見いだせる方法に与するようになったのは当然である。
 そうした背景もあって、ノーマライゼーションの理念が広く浸透していった。
 
(ケー)
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