デンマークにおけるノーマライゼーションの発展

 23, 2015 05:00
 デンマークのバンク・ミケルセンは、ナチスの強制収容所における障がい者に対する虐待・虐殺を目の当たりにした。
 戦後も、知的障がい者に対する非人間的な扱いは続いた。
 こうした問題に抗するため、知的障がい者親の会と共に、バンク・ミケルセンはノーマライゼーション運動に取り組んだ。

 その経緯を以下で、森はな絵氏が述べる。
 森氏の引用は第28回目となる。



【引用はじめ】

知的障がい者との共生社会の実現
森 は な 絵
www.f.waseda.jp/k_okabe/semi-theses/11hanae_mori.pdf

2.1 ノーマライゼーションとは
 
 第二次世界大戦争の最中、デンマークではナチス政府により占領され、大勢の人々が強制収容所に入れられていた。
 その中の一人がバンク=ミケルセンであった。
 彼は、ナチス・ ドイツに対してレジスタンス活動の地下新聞の記者であったため、収容所に入れられたのだが、そこで見た光景は想像を絶するものであった。
 その中でも障がい者に対しての扱いはひどく、収容したあげく大量虐殺、そしてナチス政権下になった直後に施行された断種法により、40万人もの障がい者が断種・不妊手術をされ、数万人がガス室に送り込まれたという。
 更に、当時のデンマークでは知的障がい者を巨大施設に収容し、終生保護を行うという施策もあった。
 バンク=ミケルセンは戦後、デンマーク社会省で知的障がい者の福祉の仕事に携わっていたのが、障がい者の人間として権限が奪われているこの状況を見て、デンマークの障がい者施設における非人間的な処遇を批判した。
 また当時、1951年から1952年にかけて知的障害者親の会が発足する。
 親たちの情報交換や相互扶助を通し、障がい児の権利を守っていくことを目的としており入所施設の卑劣な対応に対する問題も取り上げ1953年には社会大臣宛に要望書を提出した。
 その内容というのは、入所施設の改革、不服申し立ての権利、自発的な活動の原則、教育の権利など障がい児・ 者の権利擁護を主張するものであった。
 そして、1954年に社会大臣直属の福祉サービ ス検討委員会が設置されその委員会のとりまとめ役を担っていたのがバンク=ミケルセンであった。
 彼は、入所施設内で利用者に対する扱いを改め、彼らの市民権を確保することにより、「今まで普通の生活をしていなかったことに対し、普通の生活ができるように」、 施設内での出来る限りのノーマルに近い生活を提供することを目的としてノーマライゼー ションの理念を各国に発信していった。

【引用おわり】



 バンク・ミケルセンは、知的障がい者親の会と共に施設改善運動に取り組んだ。
 一般社会から隔離された大規模施設では、障がい者の人権が守られないことを訴えた。
 バンク・ミケルセンという福祉行政に携わった誠実な官僚が、ノーマライゼーションという世界潮流をつくった。

(ケー)

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