障がい者の証言が証拠として取り上げられない

 19, 2015 05:00
 知的障がい者たちが被害に遭っても、それが明るみ出にくい。
 それをいいことに虐待を繰り返していたのが、水戸事件である。
 明るみに出ても、立件されたのは不正請求といったものだけである。
 それよりも深刻だった障がい者たちに対する、想像を絶する暴力行為や性的虐待は証拠不十分と取り上げられなかった。
 多くの犯罪行為は泣き寝入りとなった。
 被告は執行猶予付きの懲役刑にしかならなかった。

 その問題を以下で森はな絵氏が告発する。
 森氏の引用は第24回目となる。



【引用はじめ】

知的障がい者との共生社会の実現
森 は な 絵
www.f.waseda.jp/k_okabe/semi-theses/11hanae_mori.pdf

1.7  障がい者人権問題

 水戸事件は障がい者に関するさまざまな問題が組み込まれているが、一番注目すべきなのは、障がい者を人間として見ない「人権侵害」の問題である。
 虐待を行っていた赤須は 勿論のこと、この裁判に携わった警察と検察の対応も不適切であった。
 「障害者であるから」 証言も信用せず、嫌疑不十分であるといって証拠として出さなかったり、法廷に障がい者がたってもそれは信じられないだろうと勝手に決め付けたりした。日本国憲法には「国民 は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、 侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる」と記してある が、実際には司法、裁判制度は全ての人間に開かれているわけではなかった。赤須にしても警察、検察にしても障がい者は皆判断する能力や感情もないと決めつけ、自分たちの判断基準で物事を考えている。
 しかし実際には、この事件で心に傷を負い、「赤須」という言葉を聞いただけでおびえ暴れてしまう障がい者もいた。

【引用おわり】



 裁判を取り仕切った人たちは、法にしばられて知的障がい者に対する人権を認めていない。
 そこに大きな犯罪行為があったのに、法が優先された。
 障がい者の声をしっかり聴く耳があれば、法の執行にも違った方向性を出せたはずである。

(ケー)

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