昭和50年代の障がい者問題に対する政府の取り組み

 15, 2015 05:09
政府においては、昭和56年度(1981年度)「国際障害者年」関係予算は、約13億。
 次年度以降の継続予算は、40%の8億程度。
 政府としても国際障害者年等の国際的障がい者問題に対する認識が不十分だった。

 その点に関し、以下で森はな絵氏が指摘している。
 森氏の引用は第20回目となる。



【引用はじめ】

知的障がい者との共生社会の実現
森 は な 絵
www.f.waseda.jp/k_okabe/semi-theses/11hanae_mori.pdf

1.6 国際的な動き

 このように見ても、いくら民間が働きかけても肝心な政府が動き出さないことには始まらないのである。
 その理由は、方向性が定まらないということと、予算の問題である。
 1981年度の「国際障害者年」関係予算を見ても全体の61%(13億2千万円)がその年度限りの予算で継続事業にあてられたのはわずか39%(8億円)であった。
 これからもわかるように、政府は国際障害者年を重要なものだとみなしておらず、ただ世界の流れについて行こうと受け身の姿勢で、重要な問題や課題にしっかりと目を向けられていなかったように感じる。

【引用おわり】



 当時、国際障害者年については、国民にも広く伝わった。
 しかし、それが障がい者福祉を進展する施策につながったかというと、そうでもなかった。
 ただ、養護学校義務制(昭和54年)の施行は大きな成果であった。
 障がいのある子をもつ保護者にとって朗報といえる。

(ケー)

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