国際的な動きに対する日本の動き

 14, 2015 05:09
障がい者問題について、国際的動きに呼応した日本政府の動きや民間の動きも見られた。
 しかし、統一的な障がい者問題への取り組みが行われなかった。
 その点に関し、以下で森はな絵氏が指摘している。
 森氏の引用は第19回目となる。



【引用はじめ】

知的障がい者との共生社会の実現
森 は な 絵
www.f.waseda.jp/k_okabe/semi-theses/11hanae_mori.pdf

1.6 国際的な動き

 では日本での動きはどうであったかというと、1982年国際障害者年推進本部にて「障害者対策に関する長期計画」を策定し、また総理府に「障害者対策推進本部」を設置し、政府として関係行政機関相互の緊密な連絡を確保し、施策の総合的、効果的な推進を図っ た。
 このように体制は整っていたものの、内容は記念行事や啓発活動がほとんどで新しい方針等は打ち出さなかった。
 これに対して民間では各団体が様々な議論を重ねあらゆる取り組みを行っていった。
 例えば、民間関係60団体が集まって「国際障害者年日本推進協議会」を発足し「国際障害者年長期行動計画」を発表したり、全障研は『全障研しんぶん』 で国や自治体に対する異議や申し立て、そして障がい者の権利保障を主張したりした。
 しかし、国の方針も固まっていない中で民間だけが活動しても、各団体間で方針の違いが生 まれたり、意見の食い違いがあったりしてなかなかまとまった結論を出すことが出来ず、 実行までに移せなかったのは事実である。

【引用おわり】



 政府は、昭和55年、内閣総理大臣を本部長とする国際障害者年推進本部を設置した。
 そして、今後の障害者対策について検討を重ね、「障害者対策に関する長期計画」として発表した。
民間の当事者団体の期待は大きかった。
 しかし、当事者団体が思い描くような施策が短期間に実現されることはなかった。
 こうした流れがあって、今の障がい者福祉が徐々に進んできたのである。

(ケー)

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