かつての障がい者観の問題

 08, 2015 05:00
かつて障がい者の問題は、家族の不幸といった感じで受けとめられた。
 障がい者に対する差別や偏見といった根本的問題が軽視される傾向にあった。
 こうした問題が生じた背景について、森はな絵氏が以下で説明する。

 森氏の引用は第14回目となる。



【引用はじめ】

知的障がい者との共生社会の実現
森 は な 絵
www.f.waseda.jp/k_okabe/semi-theses/11hanae_mori.pdf

1.3 政府の障がい者に対する価値観

 まずここで注目すべきことは、 「精神薄弱者本人の不幸はもちろん、その家族のこうむる苦痛にはきわめて深刻なもの」という部分から分かるように、障がいはあってはならないものだと考えていることである。
 障がいを持つと本人は不幸になるうえその周りの家族にも被害が及ぶという明らかに健常者からの視点で書かれている。
 しかし実際問題なのは、 障がいを持ったことではなく、差別や冷たいまなざしを受けながら社会の中で生きなければならないこと、そして十分な施策がなかったことなのではないだろうか。
 また「調査にあたってなかなか世帯の協力が得られないこともその一因である。
 精神薄弱者を持つ肉親の情としては、あるいは当然であるかも知れない。」というように書かれているところから 見て、いかに障がい児を持つことに引け目を感じながら生きていたか、そして当時、障が い児の親が障がい児の子供がいるということを言い出しにくい社会であったことを物語っているように思える。
 しかしそのような状況を「当然」というように、政府はそのような状況になっているのは仕方のないことであって、悪いのは障がいを持つことと言っているようにも考えられる。
 さらに、「一部の精神薄弱者は、治安上からみて危険な存在」であり 「早期に発見、教育あるいは補導」が必要といい、障がい者を犯罪者になりかねない存在 という風にとらえている。
 しかし、これまで政府は障がい者を施設収容することばかり考え、適切な対応はしてこなかったために、障がい者は十分な教育も受けられず社会からも排除されていた。
 そのような背景には目を向けようともせず、障がい者は「危険な存在」 と決め付けているのだ。
 この厚生白書(1961)からも見られるように、政府の考える障がい者施策は財政だけで支えられ、一番重要な障がい者観は間違った方向に形成されていっていたように思える。

【引用おわり】



 昭和30年代の厚生白書の記述は、今からみると障がい者の立場を十分尊重しているとはいえないものになっていた。
 ただ、時代状況を反映していたと言っていい。
 障がい者本人、その家族に対する同情心から出たものとも思える。
 障がい者施策が不十分なことを弁解している内容になっていた。
 障がい者に対する社会的差別や、不十分な処遇まで問題分析がなされなかった。
 その時代の限界か。
 
(ケー)

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