障がい児・者が暮らすのは在宅か施設という閉ざされた場所

 06, 2015 05:17
 戦前から戦後の社会福祉政策は、家族による自助が原則であった。
 公助の部分はほとんど貧弱であった。
 介護は家族に負わされてきたのが実情だ。
 森はな絵氏が以下で説明する。

 森氏の引用は第12回目となる。



【引用はじめ】

知的障がい者との共生社会の実現
森 は な 絵
www.f.waseda.jp/k_okabe/semi-theses/11hanae_mori.pdf

1.2 戦前から戦後までの障がい者の歴史

 実際には、就学免除や就学猶予といった形で公教育から排除された障がい児・者の受け皿とした意味合いが強く、結果的に彼らを地域から より遠ざけることとなった。
 また、戦後の社会福祉政策はいずれも、 「家族の自助」を原則 としており、出来るだけ政府の財政負担を抑えようとしていた。
 したがって、ますます「介護は基本的には家族がするもの」という概念が定まっていき、障がい児・者の家族への囲い込みが行われ、障がい児・者が暮らしていけるのは在宅か施設という閉ざされた場所となっていった。
 その結果、障がいを持っている子供を虐待したり殺してしまったりすると いう残酷な事件が相次いで起こっていったが、これは「家族依存型介護」や「障がい児・ 者への虐待」といった今でも見られる多く見られる問題に直接的にかかわっていると考えられよう。

【引用おわり】



 障がい者施策は、施設入所か在宅かといった二者択一で選択が限られた。
 その結果、家族の責任放棄か家族の責任過重かといった両極端の傾向になりがちだった。
 その間、虐待、心中、孤独死という悲劇的な問題を招くこともあった。
 こうした問題に対応するため、社会福祉基盤整備に向けた取り組みが行われてきた。
   
(ケー)

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