1953年日本初の「精神薄弱児対策基本要綱」を策定

 04, 2015 05:08
 「精神薄弱児対策基本要綱」が策定されたのが1953年(昭和28年)である。
 「全国精神薄弱児育成会」(手をつなぐ親の会)が結成されたのが昭和27年7月である。
 ようやく、知的障がい児にごく一部の人たちが関心をむけるようになった時期だ。
 「精神薄弱児対策基本要綱」内容の問題を以下で森はな絵氏が指摘している。

 森氏の引用は第10回目となる。



【引用はじめ】

知的障がい者との共生社会の実現
森 は な 絵
www.f.waseda.jp/k_okabe/semi-theses/11hanae_mori.pdf

1.2 戦前から戦後までの障がい者の歴史

 1953年日本初である「精神薄弱児対策基本要綱」が策定された。
 しかし, その要綱内容とは、知的障がい児の施設・病院の拡充、知的障がい児を収容している少年院の拡充強化、遺伝性知的障がい者の性に対する優性手術の実施促進など、障がい者を施設に閉じ込め、社会から排除しよういう意向が明らかにされた。
 このように障がい者は全て施設や病院に送りこみ、社会から存在自体を消そうとしていた。

【引用おわり】



 知的障がい者の処遇は、施設や病院内における社会からの隔絶が基本だった。
 知的障がい者の人権を尊重しての処遇でなかった。
 処遇者側の都合が優先された施策に過ぎない。
 知的障がい者の基本的人権を守ろうとする理念でなかった。
   
(ケー)

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