社会福祉六法の制定

 05, 2015 05:00
戦後、社会福祉施策の整備のために、社会福祉六法が次々と制定された。
 徐々に経済的余裕もあって福祉施策も向上した。
 しかし、あくまでも量的拡大であり、質的に十分とはいえなかった。
 森はな絵氏が以下に見解を述べる。

 森氏の引用は第11回目となる。



【引用はじめ】

知的障がい者との共生社会の実現
森 は な 絵
www.f.waseda.jp/k_okabe/semi-theses/11hanae_mori.pdf

1.2 戦前から戦後までの障がい者の歴史

社会福祉事業法の他に、社会福祉六法である「生活保護法」(1946年制定、1950年全 面改定)、「児童福祉法」(1947年制定)、 「身体障害者福祉法」(1949年制定)、「精神薄弱者福 祉法」(1960年制定、1998年「知的障害者福祉法」に改正)、「老人福祉法」(1963年制定)、 「母子福祉法」(1964年制定、1981年「母子及び寡婦福祉法」に改正)も制定された。
 当初は、日本の経済的貧困が続いていたため、措置費の額も少なく、皆が十分にサービスを受 けられるというわけではなかった。  しかし、次第に、財政的にも余裕が出てきて徐々に施設の拡充がなされていった。
 例えば児童福祉法により知的障がい児通園施設という、知的障がい児を自宅から通園させ、独立自活に必要な技能や知識を習得させる施設が制度化された。
 また、重度の知的障がい児・者を対象に国立秩父学園が開設され知的障がい児施設に重度児収容棟が設置された。
 一見見ればどちらも障がい者が暮らしやすいようにと考え られたものであると考えられる。
 しかし実際には、就学免除や就学猶予といった形で公教育から排除された障がい児・者の受け皿とした意味合いが強く、結果的に彼らを地域からより遠ざけることとなった。

【引用おわり】



 障がい者を大規模施設に集めて処遇する方策は、ある意味効率的であった。
 また、社会と離れて処遇することは、隔離的な施策でもあった。
 戦後の一時期、こうした施策が障がい者に最善と考えられたのである。
   
(ケー)

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