障がいのある子の教育はいかにあるべきか

 21, 2015 05:00
 障がいのある子の教育はいかなるものか。
 日本国憲法及び教育基本法に定める内容より、以下ではひもといている。
 浅井浩氏による解説である。 
 浅井氏の引用は第60回目となる。



【引用はじめ】

http://www.asai-hiroshi.jp/newpage4.html
浅 井  浩

教育を受ける権利の保障  2013.4.12/更新 2014.1.10/2014.11.7

教育の機会均等について

 日本国憲法の第26条には、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」 「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。」とあります。

 教育基本法の第4条には、「すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、~」 「国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。」と定めています。

 憲法の、「その能力に応じて、ひとしく教育を受ける」 「普通教育を受けさせる義務」 ということと、教育基本法の、「その障害の状態に応じ」 ということは、教育を受ける権利とその保障についての問題を考える上できわめて重要なことだと思います。

  「その能力に応じ」というのは、能力的個人差や能力的発達の程度や状態に応じるということですから、その場合の 「ひとしく」 というのは、教育の内容や方法が教育を受ける人すべてに、まったく同じであればよいということではなく、また同じことを強要するものでもないはずです。つまり 「ひとしく」 というのは、「一律に」 ということとは違うということです。

 また「普通教育」とは、どのような教育内容をいうのか漠然としていますが、それは一応、人としてあるいは社会の構成員として生活していくうえで必要な教育だとか、次代を担うために必要な教育だと解釈すれば、それは文化レベルや生活習慣あるいはその時代状況など社会的環境条件との関連で相対的に考えられるものだということになります。

 しかもその教育の内容や方法は、教育を受ける権利を有する側によって考えられるのではなく、教育を受けさせる義務を負う側の価値観や判断基準に基づいて考えられるものだということになります。
 まさに学校教育における教育内容や方法はそういうことになります。

 その点でどのような教育の内容や方法を考えるかということがきわめて重要なことになるわけですが、ひとしく教育を受けさせるということと、一律的・画一的な教育を受けさせるということが無差別平等論の下に混同されている現状があると思います。

 教育の分野では、障害児の教育を地域の普通の学校や学級に統合して行うインテグレーション(統合教育)を発展させた考え方であるインクルージョンがノーマライゼーションと並ぶ新たな理念となっていますが、教育を受ける権利ということからすれば、多様な教育の内容や方法があり、多様な教育の場あってよいはずです。
 それが本来の教育の機会均等ということではないでしょうか。

【引用おわり】



 障がいのある子に対する教育のあり方は、インクルーシブ教育だからといって、単に障がいのない子と一緒にすればいいというわけでない。
 障がいのある子一人ひとりに対して、適切な教育の内容・方法・場でなければならない。
 それが、憲法及び基本法に定めるものである。
 障がいのある子が生き生きと教育されていることを保障することこそ求められている。
  
(ケー)
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