「障害者」という用語

 28, 2015 05:00
 障害という用語に関して多くの議論がある。
 そうした議論について、浅井浩氏の見解が以下のとおり。  

 浅井氏のの引用は第36回目となる。



【引用はじめ】

http://www.asai-hiroshi.jp/newpage4.html
浅 井  浩

 「障害」 の 「予防」 と 「障害者」 という用語について

                             2009.12.25/ 更新 2014.1.31
「障害者」 という用語の問題

 「障害」 とは、じゃま、さまたげ、さしさわりとなるものごとを意味します。
 人にとって障害となるものを大きく挙げるとすれば、病理的障害、物理的障害、制度的障害、文化的障害、情報的障害、意識的障害、対人・対社会的障害などが考えられます。
 これらが人の生活上の妨げになっている場合に、そうした状態にある人のことを一般的には 「障害者」 というわけです。

 それは決して 「人が障害」 であるという意味ではなく、「人にとって障害」 となる物事を有するという意味のはずです。
 しかし 「障害」 ということばに直接 「者」 をつけた 「障害者」 という表現は、害になる虫という意味で 「害虫」 と呼ぶのと同じように解釈されてしまうところの問題があるようです。

 そのため 「害」 の字の替わりに、妨げるという意味の俗字である 「碍」 を用いた表記や 「障がい者」 「しょうがいしゃ」のように仮名表記が提唱されていますが、ことばを正しく理解しないまま表記だけを変えてもそれはあまり意味のないことではないでしょうか。

 どのような用語でも的確にその意味内容が表現され、人々が理解・納得できるものでなければなりません。
 しかしことばにこだわりすぎて、なぜその用語を必要とするのかという肝心な物事の本質を見失い、結果的にその本質から遊離した論議に翻弄されるようなことが用語問題にはありがちではないかと思います。

【引用おわり】



 ブロガーの私は、通常、「障がい」を用いている。
 「害」という漢字にはネガティブなイメージがあるからだ。
 文字からみて少しでもソフトになるのではと思うからである。
 「障がい」に関する差別・偏見を和らげることにならないか。
 しかし、音としては変わりない。文字という見た目でイメージを変えたいのである。
 ことばのイメージといった外見の変化だけでは、「障がい」に対する差別・偏見が簡単に変わるわけでない。
 でも、今までとは異なる「障がい」に対するメッセージにはならないだろうか。
 内面への変化に対する小さな努力の一つにはなるはずだ。
 そんなつもりで、「障がい」という文字を使っている。

(ケー)
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