「支える」 ことは 「支えられる」 こと 

 29, 2015 05:00
 私たちは、多くの人たちの中で支え合って生活している。
 家族、近所、地域、そして社会の中で相互の支えがあればあるほど、より良い生活ができる。
 以下の浅井氏の主張は、支え合いこそが社会の仕組みとしている。 

 浅井氏の引用は第7回目となる。



【引用はじめ】

http://www.asai-hiroshi.jp/newpage9.html
浅 井  浩

福祉とは何か 
「福祉」 の意味と人権
       2012.11.21/更新 2014.4.27

「支える」 ことは 「支えられる」 こと 

 人々すべてが生まれながらに有する権利であっても、生まれてすぐに自らの権利を主張し、行使できるわけではありません。
 両親や家族等、周囲の人々によって保護され、他律的に生活行動が導かれる時期を経ることによって、やがて自律的な行動へと変化し、権利の主体としての人格が形成されます。
 そこに人間としての成長発達の特質があるといえます。

 しかし権利の主体としての人間的成長発達が順調に行かない場合も起こりうるし、幼弱、老齢、病弱や障害、その他の事情により自らの意思や力で自らの権利を主張し、行使し、確保することがむずかしい場合もありえます。

 そのために人々は支え合い、協力し合い、次世代に希望を託し、理想を追求し、よりよい生活環境を整えるための努力をする (している) はずです。
 それは権利の確保にはそのための努力と果たすべき責任を負う義務があることを意味します。

 権利と義務は表裏一体、車の両輪の関係にあり、そうした権利と義務を有する人々によって構成されているのが 「社会」 です。
 よりよい社会は、人々の生きる努力の中で互いによりよく生きられるように支え合うことによってこそ築かれるものだと思います。

 「支える」 ことは、実は 「支えられる」 ことなのですが、それはなかなか気がつきにくいことなのかもしれません。
 しかしそれが互助の精神であり、人権の尊重ということであり、その互助、人権の尊重こそが社会保障制度の仕組みの基礎であると思います。

【引用おわり】



 支えることは、支えられること、そして、支えられることは、支えることである。
 支えられる「受け手」は、支える「送り手」なしにはより良く生活できない。
 しかし、支える「送り手」でもすべてを支える側の生活で成り立つわけでない。
 支えられなければならないことも結構多い。
 相身互いというのが、私たちの社会にとってうまくいく仕組みである。
 夫婦の関係なんていうのは、その典型である。
 障がいのある人は、支えられる受け手のことが多い。しかし、障がい福祉・教育・医療等に携わる人たちの仕事をつくりだしている。そういう人たちの支えをしている。
 そうした観点でみれば、一方的な支えとか、支えられなんてことはない。
 相互に支えられたり、支えたりしていることを理解しておくべきだ。

(ケー)
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