主観的幸せと客観的幸せ

 24, 2015 05:14
 幸福と福祉に関して、浅井浩氏のブログから引用している。
 その第2回目。

 幸福と福祉について、私的レベルか社会的レベルか、さらには主観的か客観的かといったカテゴリーに分けて考察している。



【引用はじめ】

http://www.asai-hiroshi.jp/newpage9.html
浅 井  浩

福祉とは何か 
「福祉」 の意味と人権
       2012.11.21/更新 2014.4.27


「福祉」 と 「幸福」

 一人ひとりの求める幸せがあるのであれば、一人ひとりの集まりである社会全体の求める幸せもあるはずです。
 そこに福祉と幸福という二つのことばの存在する意味があるわけです。
 「幸福」とは、一人ひとりの私的レベルのしあわせ(幸せ)を意味し、「福祉」とは一人ひとりの集まりである社会的レベルのしあわせ(幸せ)を意味するというように考えるとよいと思います。

私的レベルの幸せと社会的レベルの幸せ

 社会を構成する一人ひとりが幸せならば、社会全体も幸せであり、社会全体が幸せならば社会を構成する一人ひとりも幸せなはずです。
 しかし現実は、私的(個人)レベルの幸せと社会的レベルの幸せとが必ずしも合致するとは限らないようです。
 それは私的レベルの幸せを「主観的幸せ」というように置き換えて、社会的レベルの幸せを「客観的幸せ」というように置き換えてみれば、主観と客観のずれというように考えることができます。

 いずれにしても人には一人ひとりのそれぞれが求める幸せというものがあり、その一人ひとりの集まりによって構成されているのが社会であると考えれば、自由及び幸福追求の権利は、個人だけにあるのではなく社会を構成する人々すべてにあるわけですから、そこに権利と権利とが衝突するようなことが起こりうるのだと思います。

【引用おわり】



 以上のように、幸福とは個人による幸せということである。個人が感じる幸せとなる。
 福祉とは社会が追求する幸せである。
 幸福も福祉も相補的に幸せを追求することでなければ問題が生ずる。
 個人の幸福を追求するあまり、個人の権利のみが肥大化するようでは格差を生み出してしまう。
 福祉の向上といった場合、多くの個人が幸福に感じる社会のことである。
 障がい者福祉といった場合、障がいのある人も、障がいのない人も、みんなの幸せを求めているのだ。

(ケー)
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