その子に見合った自立こそ必要だ

 21, 2015 05:12
 障がいのある子の自立は、その子の実態に即したものでいい。
 支援の伴うもので、その子にとって最小限の支援付きでもその子なりの自立である。

 さて、本論文の引用は、第42回目となる。



【引用はじめ】

障害者家族におけるケアの特性とその限界 ―「ケアの社会的分有」にむけた検討課題―

中根 成寿(立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程)

『立命館産業社会論集』2005年3月

5 まとめ

 親であること,子であること,またそうありつづけることでそれぞれの役割や願望が強化さ れつづけ,「ケアへ向かう力」が補給され続けるならば,その関係の中にとどまったままで, 自己決定や自立をいうことにはそもそも矛盾がある。
 立岩[2000]が「緩い自己決定」と 「堅い自己決定」を提示して指摘したように, 人びとは自己決定を人生の目的として生きているわけではないのだから,自己決定を「なにより大切」なものとしてしまうと,本稿が対象とした障害をもつ子の親の「社会的分有への違和感」はまず最初に否定されるべきものということになってしまう。
 「自己決定」は社会学や当事者の立場からは「解放的ポテンシャルを有している」とみなされ,積極的に推進すべきものとして捉えられてきた。
 しかし,「ネオリベラ リズムという社会的文脈」が不思議なほど社会のあちこちに進出している現状を見れば,障害をもつ人,しかも見守りを必要とするダウン症や自閉症の人びとに独立した強さ求めることは,「反転され,抑圧的な契機となる可能性」 が高い(重田・渋谷[2004])。
 課題は強さを担保にした自立ではなく,弱さがむき出しにならない関係である。

【引用おわり】



 障がいのある子は、生涯にわたってケア(介護)を必要とする。
 ケアの程度は、それぞれの時期において変化する。
 また、ケアは誰がどこで、いつ行うかも問題だ。
 かつては家族がケアの全てを引き受けてきた歴史がある。
 その歴史の名残が今もある。
 老障介護なんていう言葉があるくらいだから。
 家族や社会的福祉資源のバランスとれたケア体制を必要としていることだ。

(ケー)
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