ケアを人に委ねることへの違和感

 06, 2015 05:30
 この子のケア(介護)は自分しかできない。他の人には任せられない。他の人にはできない。
 そんな風にいつしか思ってしまう。
 こうした行動パターンは長年の親子関係において培われる。

 さて、本論文の引用は、第27回目となる。



【引用はじめ】

障害者家族におけるケアの特性とその限界 ―「ケアの社会的分有」にむけた検討課題―

中根 成寿(立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程)

『立命館産業社会論集』2005年3月

3 親密な関係の特性と限界

 鷲田が「親密性」の成立の契機としてあげる 「存在の世話」は,ケアを提供された側はもちろん,ケアを提供する側にも世話をする存在としての自分を登場させる。
 感情や無限定性,子 (親)である他者への志向,親(子)であるという属性,属性から生まれる個別の関係は「ケアへ向かう力」を生成する。
 自分が必要とされているという感覚はいつしか自分でないとだめなのではないかという,ケアを人に委ねることへの違和感を生成する。
 しかし「ケアへ向かう力」が「家族の愛情」という理解されやすい言葉に変換されることにより,ケアという場所での抑圧を覆い隠してきたこともまた事実である。
 家族介護の末の悲劇は,それが暴力という形で露呈したケースである。

【引用おわり】



 親の子に対するケア(介護)は、常に自分が必要とされている関係である。
 それが高ずると、自分以外自分の子のケアはできないと思い込んでしまう。
 ケアの大変さをとことん引き受けてしまう。
 しかし、健康・経済・高齢化等といった親のケアに対する限界状態が訪れたりする。
 こうした限界までケアしなければならない状況をつくらないことである。
 相談できる体制、仲間づくりができる地域を必要としている。

(ケー)
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