できることは何でもしてやりたい

 02, 2015 05:12
 障がいのある子を抱えた親にとって、 「できることは何でもしてやりたい」といった介護心理がはたらく。
 その歯止めがきかなくなったケースをいくつか取り上げてきた。
 そして、心中といった事件につながった悲劇である。
 こうした例はまれである。しかし、なくならない。介護にのめりこんだことが悪いとは言えない。
 究極の問題を引き起こすことなく、歯止めをきかせる支援が求められている。

 さて、本論文の引用は、第23回目となる。



【引用はじめ】

障害者家族におけるケアの特性とその限界 ―「ケアの社会的分有」にむけた検討課題―

中根 成寿(立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程)

『立命館産業社会論集』2005年3月

3 親密な関係の特性と限界

 「できることは何でもしてやりたい」という無限定性は,愛情や親密性という感情に支えられ維持される。
 いや,愛情や親密性と結びつくからこそ無限定でありうると言えるだろう。
 親だからできる限りのことはしてやりたいという「無限定」的な願いは「ケアへ向かう力」を補強し,単純なケアの社会的分有と齟齬を引き起こす。
 パーソンズ[1978]が提起した「限定性」の誕生過程を考えれば,無限定性がいかにケア提供者に心理的負担を与えるかは明らかである。
 しかしそれが家族愛や親子愛と結びつけて語られるとき,無限定性は「正しく美しい」行動としてケア提供者にも周 りの人も受け取られる。
 いわば理解され消費されやすい「動機の文法」なのである。

【引用おわり】



 歯止めのきかない介護にはリスクがある。上記ではそれを「無限定性」と称している。
 無限定な介護は、「正しく美しい」。そのため、ますます歯止めのない介護に向かわせる。
 介護者を追い詰めてしまう危険性がある。
 親の介護が全てでないことを理解してもらうことが大事だ。
 今や様々な福祉サービスが提供してもらえる時代である。
 困ったら積極的に利用しよう。それには、仲間や先輩たちから聞く機会が必要となる。
 育成会にはそうした機能がある。
 育成会もかつてほどの勢いがなくなっている。それだからこそ、身近な当事者同士が集まる場にもっとしていかなければならない。

(ケー)
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