心中を図った悲劇的な母親

 28, 2015 05:08
 老障介護の事例が以下の引用である。
 こんなにも歳とった母親が、高齢化した障がいのある子と心中せざるを得ない。
 背景には何があったか。思いつめたものが何十年と積み重なった結果に違いない。

 さて、本論文の引用は、第18回目となる。



【引用はじめ】

障害者家族におけるケアの特性とその限界 ―「ケアの社会的分有」にむけた検討課題―

中根 成寿(立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程)

『立命館産業社会論集』2005年3月

3 親密な関係の特性と限界

 1998年,豊橋。
 重度の知的障害者だった63歳の子と無理心中を図り,殺人の罪に問われ今月1日,名古屋高裁で執行猶予付きの有罪判決を受けた愛知県豊橋市の96歳の女性が,老衰のため17日に死亡したことがわかった。
 自宅に戻 ってから,半月あまり。
 判決が確定し,「被告」 という立場を離れ2日目。
 弁護士には「息子のめい福を祈りながら余生を過ごしたい」との手紙が届いたばかりだった。
 女性は生後6カ月の息子をおぶったまま自転車で転んだことが障害につながったと負い目を感じ続け,介護を続けた。
 今年1月2日朝,正月を一緒に過ごすために特別養護老人ホームから戻っていた息子の将来を悲観し ,首を寝間着の腰ひもで絞めて心中を図った。
 自分も首をつったが死にきれなかった。
 一審の名古屋地裁豊橋支部の判決は,懲役3年の実刑。
 1日の高裁判決は「(犯行は)強い愛情の発露」として一審判決を破棄し,懲役3年執行猶予4年を言い渡した。
 双方とも上告せず,16日午前零時に猶予付き判決が確定し た(1998年10月22日夕刊)。

【引用おわり】



 わが子を道連れに心中を図ろうとした母親の思いは、他人には知り得ない。
 さらに、63歳になる子の首を絞め、死にきれなかった母親の気持ちは察するに余りある。
 息子の将来を悲観してという解説は確かにわかりやすい。
 そうした気持ちもあっただろう。
 でも、それより今までずっと母親が育て、面倒見てきた息子を残したまま、自分が先に死んではならないと思い込んでしまった。生きるのも死ぬのも一緒と思った。そうとも言える。
 いずれにしても、この母親は息子を必死で育ててきたことは確かだ。
 皮肉にも長生きしたことが、悲劇的な結末を生んでしまった。
 育成会はこうした悲劇を防ぐ機能を果たすことができているのだろうか。
 親同士による励まし合いがなされる場でなければならない。
 ふだんのお付き合いによって、悩みや問題を打ち明け合う関係づくりが重要である。

(ケー)
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