家族の役割を社会化により代替できるか

 20, 2015 05:04
 障がいのある子に関し、その親子関係に問題があったとしても社会化によってすべてが解決するわけでない。
 その理由として、他者の介入(他者への侵入)、時間不足(時間の限界性)を以下であげている。

 本論文は、第10回目の引用である。



【引用はじめ】

障害者家族におけるケアの特性とその限界 ―「ケアの社会的分有」にむけた検討課題―

中根 成寿(立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程)

『立命館産業社会論集』2005年3月

1 ケアの社会的分有への違和感を巡って ―障害者家族の親たちの語りから

 本稿でまず筆者が指摘したいことは,「ケアの社会的分有」といった時の「ケア」が単純な労働と同じように,担い手を代替することで家族の外へ移動することが可能なのだろうか,という疑問である。
 三好[1999]が指摘している ように,社会化(外部化)できることは限られているのであって,人が「ケアへ向かう力」 (三好はこれを介護関係と呼ぶ)を社会化することはかなりの困難性があるのではないかということである。
 社会化でき得ぬものを社会化しようとする時,それは上記のような親の声,つ まり「分有への違和感」を引き出すのではないだろうか。
 本稿の目的は,親たちの語りから社会的分有への違和感が「ケアへ向かう力」であると仮定 し,その「ケアに向かう力」を多面的に考察することで,ケアの社会的分有への検討課題を明 らかにすることにある。
 本稿では「ケアへ向か う力」を構成するものはケアリング関係がもつ特性であると認識し,その上でケアリング関係が特性として持っている「他者への侵入」と 「時間の限界性」という危険性を指摘する。
 二つの課題を乗り越え,ケアの社会的分有を実現するには,ケアリング関係の特質や時間の継続性への配慮が必要であることを指摘する。

【引用おわり】



 上記では、障がいのある子を抱える家族関係の問題を、社会化によって簡単に解決できるかというとそうはいかないと述べている。
 しかし、そんなことは当然である。
 簡単にすべて解決したらなんの心配も生じない。
 それより、今の状況からよりベターな方向づけを模索していこうという話と理解すべきである。
 父親A、母親Bの親子が離れがたい状況にあると証言している。
 こうした事実は少なからずある。
 それは認めるべきだ。うそであるはすがない。
 でも、しかしと言わねばならない。
 親亡き後が叫ばれている時代、親依存関係だけでいいはずがない。
 そういう主張が今の時代である。
 いかに、子育てに関して、家族関係のみでなんとかしようとした時代に限界があった。
 それだからこそ、今は、より良い子育ての社会化をどう図っていくか模索されているのだ。
 そして、より良い家族関係としての支援も考慮しながらというのがバランスのよい考え方である。
 
(ケー)
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