障がい者家族のケアに関する複雑な思い

 10, 2015 05:04
 障がい者を抱える家族は、障がいのある子に対するケア(介護あるいは面倒をみること)を当然のことだという思いがある。
 また、ある反面、もっと社会が助けるべきだという思いもある。
 こうした二律背反の思いについて、以下の論文は分析している。
 しかし、論文独特の用語(例えば、ケアの社会的分有)がちりばめられていて、わかりづらい。
 そこは、自己流でかみくだいて理解していこう。
 誤読も結構。
 参考になりそうなところが多少あればめっけもの。
 いつものように少しずつ、分割しながら読んでいく。本来ならば、著者には失礼な読み方である。そこは、読み手の自己流ということでお許しのほどを。
 そして、みなさんにはお付き合いいただくということで。
 まず、第1回目の引用といこう。



【引用はじめ】

障害者家族におけるケアの特性とその限界 ―「ケアの社会的分有」にむけた検討課題―

中根 成寿(立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程)

『立命館産業社会論集』2005年3月

  少子高齢化社会の進行と家族をめぐる状況の変化は,ケアを必要とするものにもケアをするものに とってもリスクの高いものとなっている。
 このリスクの軽減のために,現在は「ケアの分有化(社会 化)」が日本社会の課題となっている。
 本稿は障害者家族における親の語りの「ケアの社会的分有への違和感」に注目し,ケアの社会的分有は,単なる「家族から社会へ」というケア行為の担い手の移行ではないことを主張する。
 障害者家族の親の「ケアへ向かう力」の多面性を描き出し,ケアリングの特性に注目することで,ケア提供行為が提供する側から受ける側の一方通行なものではなく,互いの願望や自己実現といった期待が込められていることを指摘する。
 だが「ケアへ向かう力」が家族規範や愛情によってのみ語られることで,本来ケアリング関係が孕んでいる危険性が隠蔽される。
 本稿ではそれらの危険性を「他者への侵入」と「時間の限界性」という概念で整理する。
 ケアの社会的分有を実現可能なものにしていくにはケアリング関係の特性に配慮し,親密圏が孕む危険性を軽減する仕組み作りが必要である。

【引用おわり】



 障がい者家族で親たちは、どんな思いでいるか。
 それを親たちから語ってもらうことで、その一端を明らかにした論文である。
 自分たちの障がいある子供を、他から面倒みてもらうこと(ケアの社会的分有)に対する違和感がどういうものかはっきりさせる。
 親と社会の互いが補完し合う関係によって、より良いケアが生まれるということを強調した論文なのだ。
 親の「ケアに向かう力」は、障がいのある子に対するより良い育て方と言い替えることもできる。
 親自身が引き分ける部分と、他の助けを得る部分をどのようにわきまえるか、一般論では片づけられないことである。

(ケー)
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