人生の最期が満足できるものであったか

 16, 2015 04:55
 知的障がい者にとって、人生の最期が満足できるものであってほしい。
 その人なりに充実した人生だったと関係者が考えられることが望まれる。
 以下には、目指すべきことがあげられている。

 本論文の紹介は第30回目となる。



【引用はじめ】 

植 田   章

佛教大学社会福祉学部論集 第6号(2010年3月)

知的障害のある人の加齢と地域生活支援の実践的課題 ──「知的障害のある人(壮年期・高齢期)の健康と生活に関する調査」から

archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/FO/0006/FO00060L019.pdf

おわりに──知的高齢障害者のセカンドライフ(3)

 知的障害のある人のセカンドライフも,障害のない人と同様に,これまでの坦々とした生活の延長ではなく,また,ただただ健康や疾患に配慮するだけの消極的なものであってはならな い。
 悲しいことではあるが,いずれ必ず訪れる最期に,彼らが人生を振り返って満足できるのか,やり残したことやもっと大きな喜びを味わうことができたのではないか。
 そうした終末期を含めて生活を見直していく時期でもある。
 障害者福祉施設におけるターミナルケアについては,本調査で残した課題である。
 彼らの最期に目を背けず,そのときに向かって新たに歩みだすことは,職員自身の「喪失」を和らげることにもなるだろう。

 障害のある人にとって労働など,活動内容や環境を変えることは,健康障害も含めてマイナスに働くこともある。
 そのため慎重になる必要があるが,そうした変化がすべてマイナスの側面しかもたないわけではない。
 むしろ,好機と捉えて,積極的に生活を創り上げていくことが重要で ある。

 なお,上述したような支援が提供されるには,障害者自立支援法をはじめとした制度・政策が障害者権利条約の理念をふまえ,障害のある人たちの自律につながる方向で改善されること は言うまでもない。

【引用おわり】



 障がい者の高齢期における生活が、平穏で安定したものを保障すべきである。
 そのため、一人一人に合った支援のあり方を創り上げる必要がある。
 家族だけに任せてもできるものでない。
 多くの関係者の協力があって成し遂げられる。
 家族・福祉・医療・行政等が緊密な連携を図ることである。

(ケー)
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