◆今日もちょいとひっぱります(^^ゞ

 26, 2014 13:21
先日から、障がいのない“きょうだい”からのメッセージの事について触れていますが
今日も少しその事に触れていきたいと思います。

きょうだい本1


昨日、私自身が障がいのない長男と話をしたことについてブログに書き込みました。
私のところは、たまたまうまく話すことができた感じですし、
長男自身もこれまで生きづらさを感じることなく育ってくれたようでホッとしましたが、
中には、そうそううまくいっている家族ばかりではない場合もある、という情報も来ていました。

※だからこそ、障がいのない”きょうだい”について研修会をやろうと思ったのです。

米沢で行われた地域活性化事業「障害基礎年金の研修会」
研修会が終わり、今後の研修会の紹介をしていたところ、
講師をしてくださった「サポートセンターおきたま」の鈴木所長から
「最近、きょうだいからの相談もあるんですよ」とお聞きしたのです。
私は「きょうだいからですか?どのような事での相談ですか?」と
驚きながらお聞きしました。

・親から気軽に「この子(障害のある兄弟姉妹)の事はお願いね」と
 言われたひと言が、呪縛のように自分をがんじがらめにしている。

・自分が親代わりになり、障害のあるきょうだいの面倒を見てきた。
 そのことで、親も自分に感謝してくれていたし、自分もそれが自分自身の
 務めで、生きがいにもなっていた。しかし、高齢になってきたこともあり
 障害のあるきょうだいはグループホームで生活することになり、自宅を離れた。
 その事で、自分がすることが無くなってしまい喪失感にさいなまれている。
 自分自身、これからどうやって生活していったらよいのか考えもつかない。

このような事でした。
親としても辛いことではないでしょうか。

それから、事務局に電話をくれた方が切々と語ってくれた内容にも
言葉を失ったことがありました。

障がいのある子と、障害のない子がいるのだが、
障がいのある子どもにだけ手をかけて育ててしまった。
障がいのない子の事は、ほとんどおばあちゃんに育ててもらったようなものだ。
親の気持ちとしては、将来、障がいのある子との事で、
きょうだいに迷惑はかけられないという思いがあって、無我夢中だった。
少しでも障がいを治して”きょうだい”に負担をかけたくなかった。
本当に何でもやったし、どこにでも行った。
でも、そのことで、障害のない”きょうだい”には本当に寂しい思いをさせてしまった。
実際に”きょうだい”から「私の事なんていらなかったんでしょ!」と言われたことがある。
障がいのある子は小学校に上がる時期に「就学免除」で学校に行くことができなかった。
それでも、”きょうだい”は学校で障がいのある「きょうだい」のことでいじめにあっていた。
寂しかったり、くやしかった場面を今でも鮮明に覚えていて、その事を今でも責められる事がある。

聞いているこちらも辛くなってくるような内容でした。
話を聞いてみると、親の思いを”きょうだい”に伝えていないという事が分かりましたし、
きょうだいの気持ちをくみ取る余裕も親にはなかったようです。
やはり、分かっているはず!という気持ちが親の方にあったのかもしれません。
いまさら親と”きょうだい”との溝は埋まらないだろうけど・・・
とその方はおっしゃっていました。
そんなことはない!と私も信じたいです。
今では互いに十分すぎるくらいの大人ですから、今からでもじっくり話すことができれば
溝は埋まるのではないかとおもうのですが・・・親子ですから。(-_-)

やっぱり、ここまでになってしまわないうちに
ちょこちょこと障がいのある子についての「障害」について話をしたり
障がいのない”きょうだい”のためだけの時間を作ったりして、
障がいのないきょうだいにも愛情表現をすることが大切なのだと思います。

親にとっては障がいがあろうが、なかろうが、どちらも大切なわが子です。
時々深呼吸をして、障がいのない子とゆっくり過ごす時間を作ってみることも
絶対に必要なのだと思います。

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