地元の反対により事業開設を断念

 25, 2014 05:40
 東 俊裕氏の講演(平成26年7月12日・土・山形国際交流プラザ・10時から12時)について11回にわたって報告してきた。
 その講演の後は、昼食休憩をはさんで「リレートーク」が行われた。
 障がい当事者や関係者4名が登壇して、今までの障がい者差別に関する事例や経験を語りあった。
 それに対して、東氏よりコメントがあり、フロアとのやりとりも行われた。
 今度はその概要について、何回かに分けて報告する。
 その第1回目。
 なお、リレートークの発言者については、匿名とする。
 差しさわりのある内容もあったりして、他にも影響が出かねないので。
 次は、第一番目の人による報告である。



〇 日時、平成26年(2014年)7月12日(土) 午後1時半~3時

〇 場所 山形国際交流プラザ「ビッグウィング」2階交流サロン

〇 「福祉セミナー」 リレートーク



【知的障がいのある子を持つお母さん、NPO法人障がい児通園代表理事をしている】

 自分たちで障がい児通園施設を立ち上げようとした。
 市に相談したところ元児童館だったところを貸与できるという。これ幸いとその地で通園事業所を開設しようとした。
 市より地元の了解を得てほしいと言われたので、地元の人たちに対して理解を求めようとした。
 ところが予想に反して、地元の人たちによる反対にあった。
 その地区には小学校があって、障がい児施設がくると子供たちが精神的に動揺するというのだ。
 特に女子児童の中には障がい児を怖がる子もいて、じっと見つめられたりすると困る。
 障がい児を動物扱いにして、被害者意識ばかりが強かった。
 はじめから障がい児を加害者扱いだった。
 こちら側としては、お願いする方なので終始下手に出て理解を求めたが、聞き入れてもらえなかった。
 交渉は3カ月くらい続けた。
 でも、最終的にはその地をあきらめることにした。
 だんだん会合には反対者ばかりで、賛成者はこなくなった。
 自分たちは悔しかったので今までの経過を文書にして提示し、断念することにした。
 ところが、今まで反対をずっと唱えていた地元の学校長が、その文書内容を見て表現を変えてくれと言う。
 その校長は文書内容で言うような意図で反対をしていたわけでない。それより、みんなの意見を理解するように努力してきたと言うのだ。
 その時は、保身と思わずにいられなかった。
 こうした経緯もあって事業所開設については、トラウマになってしまった。
 ところで、現在開設している事業所の地区の会長さんは事業所に関してOKしてくれている。
 今思うと、事業所開設することは地元の了解を求めないとだめなんだろうかと疑問に思う。
 住民は、障がい児を知らない。だから、恐ればかりが前面に出てしまう。それが開設反対となる。
 でも、はじめから理解しようと努力もしようとしなかった。
 嫌な思いだけが残っている。



『ブロガーから一言』

 障がい児に対して、異質な存在とみなす住民たちの考えを変えるのは並大抵のことでない。
 また、反対の意見って賛成の意見よりずっと声が大きくなりがちだ。
 みんなが反対を唱えている感じに傾いてしまう。
 行政側も住民最優先と称して、住民説得には腰が引けている。
 多くの住民は、今まで通りが一番いいと考えがちなので波風立てるようなものは好まない。
 だから、積極的に障がい事業所がくることに賛成の意見も多くならない。
 結局、賛成者はサイレントマジョリティー(物言わぬ多数派)となって賛成の声が埋もれてしまう。
 そして、ノイジー・マイノリティ(声高な少数派)の反対者の声だけが目立ってくる。
 多くの人たちにとって、来ても来なくてもどちらでもいいと思っている。
 基本的に迷惑をかけるわけでない障がい事業所が悪者のレッテルをはられる。
 上記の例はその典型である。
 一度の失敗にへこたれることなく、新たな地に事業所を開設したことに敬意を表する。 
 (ケー)
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