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 知的障害者が大人になるとは、どういうことか。
 障害のない若者に対しても、大人かどうか調査した。
 障害のない若者は考え方が3通りに分かれ、単純でなかった。
 しかし、知的障害のある人たちはみな年齢という基準で考えているため、単純な回答になった。

 以下において、そうした内容が詳しく述べられている。  
 本報告書の引用は第195回目だ。
 
 

【引用はじめ】

file:///C:/Users/仁/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/ZKHT9TQV/kaigaishisatsu.pdf
諸外国における 知的障碍者の大学進学 ~アメリカ・カナダ・オーストラリア・韓国の現状~
社会福祉法人鞍手ゆたか福祉会 海外知的障碍者高等教育研究班
長谷川 正人・長谷川 美栄・志免木 章・井手 祐輔/他
2016年11月30日

第3章 オーストラリアにおける知的障碍者の高等教育保障

第3節 移行と成人期

2  「暫定ライセンスを持つ大人」知的障碍を持つ若者のための成人の概念

 今日、14 人の子どもたちのことを示しました。
 そして、家族とサポーター、スタッフの見方がどのように違うのか、特に成人期の見方がどう違うのかを述べました。

 私たちは研究の中で、18 歳から 24 歳の若者に対して、「あなたは大人ですか」という質問をしました。
 この質問に対して約 40%が大人だよ」と答えました。
 しかし 58%は「イエスでありノーである」ということでした。
 そして 2%は、「いや大人ではない」と答えました。
 これが一般的な若者の反応です。
 私は研究対象となる若者に同じ質問をしました。
 すると全員が「私は大人だよ」と言いました。
 疑問の余地はなくそう答えたのです。
 そこで話を聞いてみました。
 大人とは何なのかという話です。
 彼らの最初の答えは、「もう子どもではない」という考え方でした。
 だから「成人であるという確認はできないけれども子どもではない」。
 つまり他に選択肢がないから「大人だ」というふうに考えたのです。
 しかし大人とは何なのかを考えた時には結構いろいろな議論が出てきたのです。
 大人でなければティーンエイジャーじゃないか、
 でも、18 歳や 19 歳は大人じゃないだろうと言ったら「そうだよ」というふうに、若者たちの間でそういう議論が出てきたのです。

  

【引用おわり】

 自分は大人かどうかの認識は、単純に年齢で考えられていいのかという問題提起である。
 大人という中身に達しなければ、本当に大人とは言えないという考え方は当然ある。
 しかし、それを知的障害のある人たちにあてはめるべきかという問題である。
 彼らにとっては、今ある実態を認めることが重要である。
 大人といった外的基準を当てはめるのは知的障害のある人を認めないことになるからだ。                

(ケー)
 知的障害のある人にとって、成人期の自立を阻むのは親であることが多い。
 デイサービスに通うのにバスを使って失敗する場合がある。
 そうすると、親の心配は大きい。次への挑戦にためらってしまう。
 それが、子どもへの過保護と思われてしまうのだ。
 親と子どもの葛藤を理解する必要がある。

 以下において、そうした内容が詳しく述べられている。  
 本報告書の引用は第194回目だ。
 
 

【引用はじめ】

file:///C:/Users/仁/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/ZKHT9TQV/kaigaishisatsu.pdf
諸外国における 知的障碍者の大学進学 ~アメリカ・カナダ・オーストラリア・韓国の現状~
社会福祉法人鞍手ゆたか福祉会 海外知的障碍者高等教育研究班
長谷川 正人・長谷川 美栄・志免木 章・井手 祐輔/他
2016年11月30日

第3章 オーストラリアにおける知的障碍者の高等教育保障

第3節 移行と成人期

2  「暫定ライセンスを持つ大人」知的障碍を持つ若者のための成人の概念

 今年私が行っているのは、若い人たちが一体何をしているのかということ、そして何を見ているのかを具体的に調べていく活動です。
 そのためのケーススタディを開始しています。
 成人期に陥るジレンマを表す例を紹介します。
 グレースさん、24 歳です。
 デイサービスに通っていて、バス停からバスに乗るところです。
 通常のバスの運転手は彼女のことを知っていますし、彼女の行動はある程度パターン化しています。
 ただ、バスに乗るためのサポートがうまくいかず、残念ながらバスは先に行ってしまったのです。
 そこでどうするのか。
 彼女は暗くなるまでそこでずっと座っていたのです。
 40 分後、バスが自宅近くのバス停に着いたとき、グレースさんがそこから降りてこないということで、母親が心配になり、それで初めて彼女がいなくなったことがわかったのです。

 若い人たちは、学校を卒業した後、家族にとっても大きなチャレンジがあります。
 特に ID を持っている若者たちについてはこれが顕著です。
 子どもが脆弱な立場にあるということに対して保護を提供しようというのが親の考えです。
 そして、子どもが 18 歳になったことでこうした親子の関係がすべて切れてしまうかというと決してそうではなく、続いていくのです。
 それが過保護だと見られてしまうことにつながるのです。
 そして結果的に子どもがリスクを取ることを阻んでしまうことになっています。
 子どもはリスクを取りたいけれど、親がそれをさせないことで、そこに緊張感が生まれてしまうこともあります。
 ですから若い人たちはもっといろいろなことにチャレンジしたい気持ちがあるのにそれを満足させられないことで、フラストレーションをため込んでしまうことがあります。

  

【引用おわり】

 成人期の知的障害者も多少のリスクを取ることが必要。
 そうしたことがあって、成長が期待できる。
 親も子の成長を望んでいる。
 そのためにも成人期に合ったチャレンジができることが大事となる。               

(ケー)
 知的障害のある人にとって、大人になるということはどういうことか。
 あるいは成人になるとはどういうことか。
 それを明らかにする調査を行った結果である。

 以下において、そうした内容が詳しく述べられている。  
 本報告書の引用は第193回目だ。
 
 

【引用はじめ】

file:///C:/Users/仁/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/ZKHT9TQV/kaigaishisatsu.pdf
諸外国における 知的障碍者の大学進学 ~アメリカ・カナダ・オーストラリア・韓国の現状~
社会福祉法人鞍手ゆたか福祉会 海外知的障碍者高等教育研究班
長谷川 正人・長谷川 美栄・志免木 章・井手 祐輔/他
2016年11月30日

第3章 オーストラリアにおける知的障碍者の高等教育保障

第3節 移行と成人期

2  「暫定ライセンスを持つ大人」知的障碍を持つ若者のための成人の概念

 2 つ目は認知機能に関することです。
 合理的な認知機能を持っているということは大人になるための前提条件のひとつです。
 つまり、自分の行動に対して責任を持つということです。
 一方、スタッフの考え方は認知機能に関わらず、大人というのはその人が持つ権利であるというものです。
 3 つ目ですが、親の考え方としては、大人たちは毎日の生活に意味を見出すことができる人であるということです。
 しかしあるスタッフは別の見方も示しました。
 4 つ目です。
 大人とは、大人としてコミュニティに受け入れられているものだと考える親が多いということです。
 それに対しスタッフは、学ぶためには何らかのリスクをとらなければならないと考えています。
 どうしても親はコミュニティに受け入れられて、そこから守られるということを望みますが、スタッフは、コミュニティの中でリスクをとることによって冒険をしていくことができるのが大人だと考えています。
 最後のポイントですが、成人期、特に ID の成人というのは実際よりもっと仮想があると考えてください。
 つまり若い人たち自身が、自分が成長していく上でイニシアティブを取らないという状況があるからです。
 ですから本人たちはやはり仮想的な成人期に自分はいるというふうに考えがちなわけです。
 しかしスタッフの考えはその逆であり、彼らの成人期というのは全く仮想的なものではなくて現実的なものだというものです。
 それに伴う様々な問題もあるが、それで OK という考え方です。
 つまり親は成人期というのは自立していて自分で責任を取れる人という感覚を持っており、支援者というのは大人が何をするのか、どういうことをするのかという行動に焦点を当てているという違いがあります。
 親は大人であるべき姿に焦点を当て、スタッフは子どもの行動に焦点を当てています。
 それによってさまざまなサービスが提供されています。
 ID をもつ親たちは、ガイドラインを心配する必要はありません。
 IDをもつ親にはサポートする人たちとの関係をつくる上で何らかのヒントを与える必要があると思います。

  

【引用おわり】

 上記の内容はわかりにくい。
 親とスタッフの大人に対する考え方の違いについて述べている。
 親は大人のあるべき姿を子どもたちの成長に求めている。
 しかし、スタッフは子どもたちの現状を踏まえた成長に焦点を当てているのだ。              

(ケー)
 オーストラリアにおける知的障害者の成人について調査した。
 その結果をまとめたものである。
 成人に関するパラダイム(枠組み)を4つの観点から分析した。

 以下において、そうした内容が詳しく述べられている。  
 本報告書の引用は第192回目だ。
 
 

【引用はじめ】

file:///C:/Users/仁/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/ZKHT9TQV/kaigaishisatsu.pdf
諸外国における 知的障碍者の大学進学 ~アメリカ・カナダ・オーストラリア・韓国の現状~
社会福祉法人鞍手ゆたか福祉会 海外知的障碍者高等教育研究班
長谷川 正人・長谷川 美栄・志免木 章・井手 祐輔/他
2016年11月30日

第3章 オーストラリアにおける知的障碍者の高等教育保障

第3節 移行と成人期

2  「暫定ライセンスを持つ大人」知的障碍を持つ若者のための成人の概念

 関係者、両親、サポートする人たち、学校卒業後の本人たちからの聞き取りの結果について我々の研究のポイントをお話しします。

 まず理論的な枠組みとして障碍を考える上で 4 つのパラダイムを使いました。
 これと同じパラダイムを成人期について考える上でも使ったのです。
 まず 1 つ目が生物学的なもの、バイオロジーです。
 特に成人していく上でのセクシャルな成長、性的な成長です。
 2 つ目は自分の ID を見つけるプロセスです。
 3 つ目は社会的な構造です。
 社会的・経済的な構造がどのような影響を持っているのか、ということです。
 4 つ目は文化的な側面です。
 成人期というのは文化と大きく関わるものです。
 何をもって大人と見ているのか、また、社会的な行動をどこまで求めるのかという文化的な側面があります。
 これらに関するデータから以下の 4 つの結論を得ました。

 1 つ目は、大人というのはインディペンデントである(自立している)ということです。
 例えば自分の衛生面や様々な ADL が自分でできることです。
 ただし、インディペンデントというのは必ずしも絶対ではないともいえます。
 相互依存する関係を他の人たちと築いている人たちもいるからです。

  

【引用おわり】

 成人とはどういう人か。
 それはすなわち自立するとはどういうことかを明らかにしたのである。             

(ケー)
 知的障害者にとって、成人とはどういうことか。
 親や介護者の間に成人の捉え方についてギャップが生ずる場合がある。
 親は障害のある子に対して、過保護になりがちだ。
 こうしたことが、互いの立場で齟齬を生じかねない。
 本人、親、サービス提供者の意思疎通を十分図っておく必要がある。

 以下において、そうした内容が詳しく述べられている。  
 本報告書の引用は第191回目だ。
 
 

【引用はじめ】

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諸外国における 知的障碍者の大学進学 ~アメリカ・カナダ・オーストラリア・韓国の現状~
社会福祉法人鞍手ゆたか福祉会 海外知的障碍者高等教育研究班
長谷川 正人・長谷川 美栄・志免木 章・井手 祐輔/他
2016年11月30日

第3章 オーストラリアにおける知的障碍者の高等教育保障

第3節 移行と成人期

2  「暫定ライセンスを持つ大人」知的障碍を持つ若者のための成人の概念

  「成人とは何か」についてお話しする前に伝えておきたいのは、特に障碍を持つ成人について、私たちは、大人になるのを防ぐべきだというようなことであるかというと、決してそんなことではないということです。
 成人とはどういうことなのかということを我々は研究してきました。
 そして関係者たちとこの問題について検討を重ねてきました。
 そのなかで、対象とする若い人たちが大人かどうかということがポイントとなりました。
 それは特に学校を卒業する時点で、介護する人と親の間で、大人という考え方について違う考え方が出てくることに起因します。

 それぞれの考え方が対立する形になっているケースがあります。
 つまり、親はどうしても過保護になりがちであることがよく言われますが、特に 18 歳から 25 歳の子どもたちに対しては、介護する人と親の間で対立が生まれることがあるのです。
 ここでは成人期というものをどう見るかがポイントになってきます。
 この点でうまく意思疎通ができないと、本人、親、サービス提供者の間での対立が生まれてしまうことになります。

  

【引用おわり】

 それぞれの立場で、障害者への対応が異なることでさまざま問題が生ずる。
 特に、障害者の成人としての対応も重要である。
 成人になれば、成人としての対応が必要なのだ。
 そのため、関係者間において、大人としての扱い方の共通理解がなければならない。            

(ケー)
 オーストラリアにおけるASD(自閉症スペクトラム障害)に関する大規模な調査分析を行った。
 その結果は、今後の政策実現や家族等の介護のあり方について参考にしようとするものである。

 以下において、そうした内容が詳しく述べられている。  
 本報告書の引用は第190回目だ。
 
 

【引用はじめ】

file:///C:/Users/仁/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/ZKHT9TQV/kaigaishisatsu.pdf
諸外国における 知的障碍者の大学進学 ~アメリカ・カナダ・オーストラリア・韓国の現状~
社会福祉法人鞍手ゆたか福祉会 海外知的障碍者高等教育研究班
長谷川 正人・長谷川 美栄・志免木 章・井手 祐輔/他
2016年11月30日

第3章 オーストラリアにおける知的障碍者の高等教育保障

第3節 移行と成人期

1 ASD の成人の両親間の介護経験と個人・親・社会環境の相関関係

 これらを基にして、今後の研究活動として、長期にわたる政策実践に関してエビデンスとなるデータの収集を広げていきたいと思います。
 将来的な計画を立てていく上で政治家などの立場にある人は、この点をさらに考慮するべきだと思います。

 こうした調査の結果ですが、ASD の子どもを持つ親たちがどのような傾向を持つかがある程度明らかになりました。
 また、将来、親の自己効力、満足度を高め、介護の負担を軽減するためにどうしたらいいかということを示唆することができました。

  

【引用おわり】

 本調査は、ASDの人たちにとって、オーストラリア社会が生きやすいものにする提言である。
 それが実際にASDの人たちに届くようにしなければならない。
 当事者や関係者だけでなく、一般の人たちにも広くASDに関する理解が広がる必要がある。           

(ケー)
 オーストラリアにおけるASD(自閉症スペクトラム障害)に関する調査分析を行っている。
 個人的特性、親の特性、社会的特性などはどうなっているか。
 その実情について、詳しく調査している。

 以下において、そうした内容が詳しく述べられている。  
 本報告書の引用は第189回目だ。
 
 

【引用はじめ】

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諸外国における 知的障碍者の大学進学 ~アメリカ・カナダ・オーストラリア・韓国の現状~
社会福祉法人鞍手ゆたか福祉会 海外知的障碍者高等教育研究班
長谷川 正人・長谷川 美栄・志免木 章・井手 祐輔/他
2016年11月30日

第3章 オーストラリアにおける知的障碍者の高等教育保障

第3節 移行と成人期

1 ASD の成人の両親間の介護経験と個人・親・社会環境の相関関係

 調査に関する変数ですが、本人の変数は問題行動だとか知的障碍があるかどうかということ、また健康があげられます。
 親の変数は、所得、年齢の他、社会的環境としてコミュニティがどの程度関わっているのか、選択の決定権、将来的な計画・支援計画の策定、また、満足できていない支援サービスやニーズは何かといったことです。これらを統計データに基づいて分析します。
 その結果についての検討を行い、相関関係を見つけていきます。
 そして ASD のもつ個人的特性は何なのか、親の特性は何なのか、社会的特性は何なのかという 3 つの分野についてそれぞれ分析を行いました。
 その結果です。

 満足度に関しては全体の 7.8%という数字が出ています。
 コミュニティについて、将来の計画的支援については数字が低くなっています。
 自己効力については、健康が 10.9%です。
 それから訪問については 20%という数字が出ています。
 介護はやはり重荷であると感じている人が多いということ、その中でも特に、選択するときの意思決定が問題だということです。
 これは、介護の満足度を上げるためには具体的にどのような計画を立てていけばいいのかを考える重要な内容です。
 また文献から、関係する家族の半分以下しか将来の計画を立てていないという結果が出ています。
 その対応についてですが、一つは地域社会、コミュニティの関わりをさらに増やしていくために何をすればいいか、特に介護を行う人たちの自己効力を向上させていくにはどのように関わればいいかを見直すということです。
 コミュニティ全体が関与するということは、障碍を持っている本人にとって大きなメリットになると同時に、介護している親にとっても大きなメリットになります。
 また、親にとっての自己効力や満足度を上げていくための選択決定権をどう保障していくかという問題があります。
 さらに、健康や問題行動などに対して親がどう関わればいいか、これらがディスカッションのポイントになると思います。

  

【引用おわり】

 実際、親たちにとってASDの介護は重荷になっているという結果である。
 前回のブログで紹介した内容とはちょっと違う。
 親たちは介護に自己効力感を得ているという指摘だった。
 しかし、よくよく見ると大変さが見て取れる。
 介護の満足度を上げる必要がある。
 家族の自己効力を向上させる方策が必要なのだ。          

(ケー)
 オーストラリアにおいて、ASDの子を持っている親たちが介護にどのような思いを持っているか調査した。
 介護を肯定的に捉える親たちいることがわかった。
 もちろん、親たちの仕事に支障をきたすといった意見もあったことは事実である。

 以下において、そうした内容が詳しく述べられている。  
 本報告書の引用は第188回目だ。
 
 

【引用はじめ】

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諸外国における 知的障碍者の大学進学 ~アメリカ・カナダ・オーストラリア・韓国の現状~
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長谷川 正人・長谷川 美栄・志免木 章・井手 祐輔/他
2016年11月30日

第3章 オーストラリアにおける知的障碍者の高等教育保障

第3節 移行と成人期

1 ASD の成人の両親間の介護経験と個人・親・社会環境の相関関係

 われわれのリサーチでは次のような方法をとりました。
 ASD を持つ成人の両親たちについて、先ほど述べた 3つの点についてどのような印象を持っているのか、つまり、介護の重み、満足度、効力についてどう感じているかを話してもらうのです。
 そのため 130 人の親に対して調査を行いました。
 合計で 2,000 人以上の親のアンケートをとったのですが、その中に ASD の子どもを持つ親が 130 人だったのです。
 もちろん ASD なのでほとんど男性です。
 教育のバックグラウンドや両親の性格、教育レベル、収入、人種などについて調べました。

 3 つのポイントのうちまず介護の満足度についてです。
 介護することに満足度を感じている人が多いという結果が出ました。
 次に自己効力です。
 介護する上でのスキルを持っていると感じるという親もいましたし、重荷であるけれどケアをしなければならないということで、仕事をする機会が奪われていると感じる親もいたということです。

 

【引用おわり】

 ASDといった障害のある子をもつと、両親は相当苦労するのではないかと予想してしまう。
 しかし、それに反して意外とケアすることによる自己効力感があるとの答えが返ってきている。
 頑張っているご両親がいるんだ。
 そうしたことに対して、社会がもっともっと支援できる支援が必要だ。
 オーストラリアではそれがどのようになっているものか。         

(ケー)
 オーストラリアにおけるASD(自閉症スペクトラムAutism Spectrum Disorder)に対する、ケアの現状はどうなっているか。
 それを調査研究する人材も不足している。
 その中での報告である。
 より良いケアとはどういうものかを調査したものである。

 以下において、そうした内容が詳しく述べられている。  
 本報告書の引用は第187回目だ。
 
 

【引用はじめ】

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長谷川 正人・長谷川 美栄・志免木 章・井手 祐輔/他
2016年11月30日

第3章 オーストラリアにおける知的障碍者の高等教育保障

第3節 移行と成人期

1 ASD の成人の両親間の介護経験と個人・親・社会環境の相関関係

 おはようございます。
 今日は ASD(自閉症スペクトラムAutism Spectrum Disorder)についての文献レビューの結果についてお話します。
 ASD は今、世界的に対応すべき問題と言われています。
 しかし、ASD のリサーチャーは非常に数が少ないのです。
 徐々に増えてはいますがまだまだ足りません。
 また、リサーチのオーディスもそれぞれ違いますし、かなりの人力も必要になります。
 ASD に対するケアをする上で 3 つの考え方があります。
 まず介護の重み、そして満足度、さらに効力と続きます。
 実際に ASD の人たちにケアを提供する上で、この 3 つの点でどのようなインパクトがあるかということについて話をします。

 

【引用おわり】

 ASD(自閉症スペクトラムAutism Spectrum Disorder) のケアがどんな状況にあるか。
 その視点としては、3つの項目に関して調べた。
 1つが、介護がどうであったか。
 2つが、その介護の満足状況がどうであったか。
 3つが、その介護の効力がどうであったか。
 こうしたことが、ASD(自閉症スペクトラムAutism Spectrum Disorder)の人たちにどのような影響を与えていたか明らかにしようとするのだ。        

(ケー)
 オーストラリアの知的障害者などを支援する「パーソンセンター」は、評判がいい。
 知的障害者の自己選択・自己決定を尊重してくれるからである。
 そのためのていねいな支援が行われている。

 以下において、そうした内容が詳しく述べられている。  
 本報告書の引用は第186回目だ。
 
 

【引用はじめ】

file:///C:/Users/仁/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/ZKHT9TQV/kaigaishisatsu.pdf
諸外国における 知的障碍者の大学進学 ~アメリカ・カナダ・オーストラリア・韓国の現状~
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長谷川 正人・長谷川 美栄・志免木 章・井手 祐輔/他
2016年11月30日

第3章 オーストラリアにおける知的障碍者の高等教育保障

第2節 私たちなしで私たちの研究はありえない

2 質的点検と人中心組織:包括的研究アプローチ

 パーソンセンターという考え方については、一人の人間として扱ってもらえるということを大変うれしく感じるという意見がありました。 面談調査の結果、3 つのポイントが明らかになりました。
 ひとつは自己選択・自己決定をすることです。

 次の段階としてふたりでペアを組み、彼の経験の内容について一日関わりを持って話を聞き出しました。
 意思決定について、面接を受けた人たちの考えは、自分たちが自分たちの意見を尊重してもらっているということがあげられました。
 つまり、何かを選ぶときに自分ひとりではなく、いろいろな話ができる相手がいて最終的に自分の決定ができるということです。
 もしもケアをしてくれる人が好きではない場合には苦情を言うことができるということも理解していました。
 また、インタビューする中で、自分は自信がないとか、どういう風にしていいかわからないといったことを問題として提起する人もいました。
 そして誰もが発言をする権利があるということを基盤にするけれども、すべての人がこうした意見を言うことができるわけではないということも明らかになりました。
 インタビューした人の中にはスタッフと同じ権利を持った人間なのだということを確認できたという意見、そして一緒に仕事ができるという声もありました。
 しかし、中にはスタッフの方が親分のようで一方的にいろいろ言ってくるだけの存在だという人もいました。

 私たちはこのパーソンセンターという考え方が制度を作り上げていく上で基礎的な考え方になるだろうと考えています。
 サービスを使っている人たちの意見は、さらなる制度の変更や質の改善に役立つでしょう。
 次の私たちの作業は、対象となった団体・組織に行き、われわれの調査結果のフォローをすることです。
 そうすればそういう団体・組織はわれわれの研究成果をより重要なものだと感じるはずです。
 どうもありがとうございました。

 

【引用おわり】

 パーソンセンターが評価された理由は次のとおりである。
 1 自己選択・自己決定の配慮に努めたこと。
 2 障害者に常に寄り添い適切な支援があったこと。
 3 より良い制度づくりに貢献したこと。       

(ケー)

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