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昨年、手をつなぐ育成会地域活性化事業の研修会のひとつに
「障がいのない”きょうだい”からのメッセージ」というものがありました。

きょうだい(山形市) (7)


ご自身が障がいのある妹さんがいる”きょうだい”である有馬先生においでいただき
小さいころから感じてきたことや、他の事例なども組み入れながら話していただきました。

そして私たち親は、障がいのある子の方にだけ手をかけていて、
”きょうだい”とはあまり話してこなかった事に気が付いたり
まあまあうまくコミュニケーションが取れているけれど、
障がいについてはあまり話してこなかった。という事に気が付きました。
そして”きょうだい”と、もっとちゃんと話さなければいけない!
と思ったけれど、なかなか言い出すことができずにいたり、
どんなタイミングで、どんなキッカケで話せばいいのかが分からない。
というような声が聞こえてきておりました。

そして、有馬先生の方も、山形県以外での講演会でも
「きょうだいと話さなくちゃ!でもどうやったら話すキッカケをつかめるのかな?」
というようなことをおっしゃっている親御さんをみてこられたようです。
という事で、今回はそのような親御さんたち向けに学習会と相談会を開くことにしました。

【キッカケ】といっても、その家庭環境、きょうだいの年齢や性別などによっても
違ってくると思いますので、皆さんに「こうすればいいですよ!」と同じやり方を示しても
上手くいかないのではないかと思います。

そんなことから、今回はまずコミュニケーションの重要性の学習会をしてから
有馬先生や参加した方々といろいろおしゃべりをしながら知恵を出し合って
自分にあった方法を見つけてみたらどうだろう!という事になり、
学習会のあとはおしゃべり相談会、ということで計画をしてみました。

障がいのある子の事で”きょうだい”には負担や迷惑をかけなくない!
と思っている親御さんはとても多いと思います。
そして、実際に”きょうだい”に対して
「絶対にあなたに迷惑はかけないから大丈夫」と言ったりしています。

では、その【大丈夫】の根拠は何ですか?
そして、その根拠をちゃんと”きょうだい”に話していますか?


”きょうだい”は、親から障がいのある自分の兄弟姉妹の将来についてや
親が亡くなってからはどうすればいいのかを何も聞かされないことに対して
とても不安をもっているそうです。

どうして自分は”きょうだい”に何も話すことをしてこなかったのだろう、
どんな切り口で”きょうだい”に話せばいいんだろう、
という事をみんなで気軽におしゃべりしながら考えてみませんか?

6月11日 木曜日 午前10時~午前12時まで
場所:山形市社会福祉センター 3F
講師:有馬 桃子氏 臨床発達心理士

まだ正式な案内は出来ておりませんが、できましたら発送いたします。

きょうだい資料


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教育と福祉に関する意義を浅井氏は、以下のとおり述べる。
 その関係は切っても切れないというのだ。

 浅井氏の引用は第8回目となる。



【引用はじめ】

http://www.asai-hiroshi.jp/newpage9.html
浅 井  浩

教育とは何か/福祉とは何か

 教育の意義と福祉の意義

   “教育も福祉も文化国家のバロメーター”

  作成 2011.4.23/ 更新 2013.4.2/2014.1.30/2015.4.25

 進学のための勉強や学校へ行くことが 「教育」 だと思われたり、高齢者や障害者を対象とする特別なことが 「福祉」 だと思われているようです。

 さらに教育と福祉はちがう領域のようにも思われているようですが、人が人らしくよりよく生きていくための教育であり、福祉です。

 それは切り離せない一体のものだと思います。

 人々にとって 「福祉」 とは目標で、 「教育」 とはそこに到達する手段であると考えるとよいと思います。

【引用おわり】



 人がより良く生きることを目指すために行われるのが教育であり、福祉である。
 教育には、福祉的要素が含まれるし、福祉にも教育的要素が含まれる。
 制度的には、教育の場合年限が決められているが、福祉にはそうした年限がない。
 内容的には、教育はより良い育ちに重点を置き、福祉は安定に重点を置く。
 人は、教育的活動というプロセスを経て、福祉的充実を得るともいえる。

(ケー)
4月29日(水)昭和の日でお休みです。
ゴールデンウィークの初日という事になりますね。

事務局はカレンダー通りにお休みですので
今日は事務局は閉局しています。


GW1
西村山郡のある田舎道 その1


2GW
のどかな風景ですね~ 道路わきに咲いている菜の花が綺麗です


3GW
遠くに月山も見えます

この後、西川町に行ってきたのですが、
月山に近づくにつれて、いつもの見慣れたなだらかな月山ではなくなります。

さて、連休はどうしましょうか・・・・・・・・
なんにも計画していないのですが、
どこに行っても混み合うのでしょうね(@_@;)

でも、その前に地域活性化事業の調整をしないといけません!
連休前に終わるだろうか(ーー;)


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 私たちは、多くの人たちの中で支え合って生活している。
 家族、近所、地域、そして社会の中で相互の支えがあればあるほど、より良い生活ができる。
 以下の浅井氏の主張は、支え合いこそが社会の仕組みとしている。 

 浅井氏の引用は第7回目となる。



【引用はじめ】

http://www.asai-hiroshi.jp/newpage9.html
浅 井  浩

福祉とは何か 
「福祉」 の意味と人権
       2012.11.21/更新 2014.4.27

「支える」 ことは 「支えられる」 こと 

 人々すべてが生まれながらに有する権利であっても、生まれてすぐに自らの権利を主張し、行使できるわけではありません。
 両親や家族等、周囲の人々によって保護され、他律的に生活行動が導かれる時期を経ることによって、やがて自律的な行動へと変化し、権利の主体としての人格が形成されます。
 そこに人間としての成長発達の特質があるといえます。

 しかし権利の主体としての人間的成長発達が順調に行かない場合も起こりうるし、幼弱、老齢、病弱や障害、その他の事情により自らの意思や力で自らの権利を主張し、行使し、確保することがむずかしい場合もありえます。

 そのために人々は支え合い、協力し合い、次世代に希望を託し、理想を追求し、よりよい生活環境を整えるための努力をする (している) はずです。
 それは権利の確保にはそのための努力と果たすべき責任を負う義務があることを意味します。

 権利と義務は表裏一体、車の両輪の関係にあり、そうした権利と義務を有する人々によって構成されているのが 「社会」 です。
 よりよい社会は、人々の生きる努力の中で互いによりよく生きられるように支え合うことによってこそ築かれるものだと思います。

 「支える」 ことは、実は 「支えられる」 ことなのですが、それはなかなか気がつきにくいことなのかもしれません。
 しかしそれが互助の精神であり、人権の尊重ということであり、その互助、人権の尊重こそが社会保障制度の仕組みの基礎であると思います。

【引用おわり】



 支えることは、支えられること、そして、支えられることは、支えることである。
 支えられる「受け手」は、支える「送り手」なしにはより良く生活できない。
 しかし、支える「送り手」でもすべてを支える側の生活で成り立つわけでない。
 支えられなければならないことも結構多い。
 相身互いというのが、私たちの社会にとってうまくいく仕組みである。
 夫婦の関係なんていうのは、その典型である。
 障がいのある人は、支えられる受け手のことが多い。しかし、障がい福祉・教育・医療等に携わる人たちの仕事をつくりだしている。そういう人たちの支えをしている。
 そうした観点でみれば、一方的な支えとか、支えられなんてことはない。
 相互に支えられたり、支えたりしていることを理解しておくべきだ。

(ケー)
赤い羽根共同募金会さんから配分金をいただいて
開催している研修会が今年3年目を迎えます。

20150428123417_00001.jpg  ← 1年目のチラシ(クリックすると拡大します)


20150428123437_00001.jpg ←2年目(昨年)のチラシ(クリックすると拡大します)

そして今年、ジャーン!とチラシを載せられればいいのですが、
残念ながらまだできておりません。
というか、現在研修会の内容を調整中です。
出来上がり次第ブログにUPしますのでお待ちください。

今年開催しようとしている研修会ですが、
毎年好評の「障害基礎年金」の研修会は今年、東根市を会場に開きます。

その他、鶴岡市・南陽市では「障がい者差別」の研修会を企画しています。

そして、昨年目新しくも好評だった「障がいのない”きょうだい”からのメッセージ」ですが、
研修会のあと、”きょうだい”と障がいのある子の将来について話さなくちゃ!
とか、小さかったころどんな気持ちを持っていたのか聞いてみたい!
とコミュニケーションの必要性(重要性)を感じたけれども、
どんなきっかけで”きょうだい”と話せばいいのかわからない。
という声をいただいておりました。

ということで今年は第2弾として、昨年と同じく、ご自身が”きょうだい”である
有馬桃子先生に来ていただいて、きょうだいとのコミュニケーション学習会と
おしゃべり相談会を開くことにしました。
この研修会は、6月11日(木)午前10:00~12:00
山形市福祉センター(城西町)3階 で行います。



その他は、子ども期の支援の重要性についての研修会を開きたいと考えています。
詳細が決まり次第、チラシの作成をしまして、各市町村支部育成会はもちろん、
県内の特別支援学校(おもに知的)あてにご案内をさせていただきます。

育成会(親の会)だからこそ!という研修会にしたいと考えておりますので
みなさまのご参加をお待ちしております。

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 幸福に関する感じ方は、主観によるものが大きい。
 
 浅井浩氏は、日本国憲法に保障された「幸福の追求に対する国民の権利」、「健康で文化的な生活」が社会福祉の課題と述べる。
 浅井氏の引用は第6回目となる。



【引用はじめ】

http://www.asai-hiroshi.jp/newpage9.html
浅 井  浩

福祉とは何か 
「福祉」 の意味と人権
       2012.11.21/更新 2014.4.27

人の幸福感と福祉の課題

 幸福であるかないかはその人自身の主観の問題であり、他人が判断することではありません。
 しかし人の幸・不幸を周囲が勝手に判断するようなことがありがちですが、そうしたことは特に障害者を支援するということにおいては注意を要することだと思います。

 人はみなそれぞれそれなりによりよく生きたいと願い、そのための努力をするはずです。
 その願いや努力に対してどのような支援を行うかというところに課題があるわけですが、その課題が障害者福祉の課題であり、高齢者福祉の課題であり、児童福祉の課題であるわけです。
 要するにそれらの課題のすべてが社会福祉の課題だということになります。

 社会福祉に関する課題を考える上できわめて重要なのが、日本国憲法の第13条と第25条です。

 日本国憲法

 第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由、及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
② 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

【引用おわり】



 憲法に保障された「幸福追求の権利」や「健康で文化的な生活を営む権利」が、障がい者それぞれに享受されなければならない。
 それも本人自身が幸福と思えるようになっていることが大事である。

(ケー)
貴事業所や法人において、
利用者からの苦情や要望が出された時、
キチンと対応をし、
解決への取り組みを進めていらっしゃいますか?


運適縮小版
山形県福祉サービス運営適正化委員会からパンフレットをいただきました。
今回は、利用者向けではなくて福祉サービスを提供している事業所さん向けのようです。

【社会福祉の経営者は、常にその提供する福祉サービスについて、
利用者等からの苦情の適切な解決に努めなければならない】
           (社福法第82条)



パンフレットをめくってみると、ほほぅなるほど!と思えることが書いてありました。
要約して書いてみたいと思います。

苦情という言葉は、事業者に対する不平・不満、
トラブルの問題と考えられがちで、マイナスイメージがありますが、
福祉サービスとは、利用者の暮らしの様々な困難(福祉ニーズ)を
解決していく営みです。
そのため、苦情を表面的に不平・不満と捉えるのではなく
「利用者の福祉に対する意思表示、福祉ニーズの表現」
としてとらえることが大切です。

ということだそうです。
私たちの子どもが利用者ということになりますが、
私たちの子どもたちは、自分で事業者に不平・不満を直接訴えることが
難しい人が多いので、代わりに親が代弁する必要があったりします。

そうなると、苦情を言いだしにくかったりする場合も多いことと思います。
ですが、一番困っているのは大事な子どもたちなのだという事を
もう一度考えて、子どもが今後とも暮らしやすい環境を整えてあげる手立てとして
事業者の方へ意思表示をすることも必要なのだと思います。

今回のパンフレットは、「山形県手をつなぐ育成会事業所協議会」の
会員になっていただいている事業所へお送りさせていただきます。


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 これこそ幸福なんていうものはない。
 日常の生活がまずまず満ち足りて、安定していれば幸福である。
 従って、幸福に対する感じ方は人それぞれといっていい。

 その感じ方について、浅井浩氏の考えを引用する。
 浅井氏の引用は第5回目となる。



【引用はじめ】

http://www.asai-hiroshi.jp/newpage9.html
浅 井  浩

福祉とは何か 
「福祉」 の意味と人権
       2012.11.21/更新 2014.4.27

人の幸福感と福祉の課題

  「幸福」 の感じ方や考え方は人それぞれかもしれませんが、日々の暮らしの中で満ち足りて、あるいは安定した気分を保持できるのであれば、それも幸福といってよいと思います。

 人が、自らの生活状況や条件を納得して受け入れ、その生活を保持できれば、それも人の生き方であり、幸福の中に含めてよいのではないでしょうか。
 なぜなら同じ条件の下でも、それに満足や納得のできる人もいればできない人もいるからです。

 人が満足したり納得する度合いには違いがあるわけですが、それは人それぞれの生活環境や生活習慣、人生観や価値観、性別、年齢や経験、性格などによって生ずるところの違いだと思います。

 例えば、子どもと大人ではものごとについての理解力や生活経験に差があるために興味や喜びの内容には異なるものがあります。
 若者と高齢者では体力や人生経験などの面での差があるわけで、子どもには子どもなりの、大人には大人なりの、若者には若者なりの、高齢者には高齢者なりの幸福感というものがあると思います。

【引用おわり】



 絶対的な幸福といったことは考えられない。
 あくまでも幸福は相対的なものである。
 今ある自分に満足することができるかどうか。
 かつての自分より今の自分がより良い生活になっているとなれば、幸福を感じやすい。
 また、毎日の生活に適切な支援があって、特別不便を感じることなく、あまり不満を感じなければ幸福である。
 ある意味、安泰な生活を送ることができるのが、幸福と言える。

(ケー)
 障がいのある人たちが自ら幸せを追求するといっても難しい人も多い。
 周囲の適切な支援があってこその幸せである。
 いかなる支援が幸せなのか。それこそ、個々人に応じたものにならざるを得ない。
 しかし、支援の中身は個別性のものもあるが、共通性のものもある。
 社会福祉という共通性のものをベースにして、個々人に即した支援のあり方を追求することである。
 それによって、一人一人の障がい者の幸せを実現することになる。

 「人の幸せとは」について、浅井浩氏の考えを引用する。
 浅井氏の引用は第4回目となる。



【引用はじめ】

http://www.asai-hiroshi.jp/newpage9.html
浅 井  浩

福祉とは何か 
「福祉」 の意味と人権
       2012.11.21/更新 2014.4.27

人の幸せとは・・・ 

 幸せについての捉え方や考え方、感じ方はいろいろだとしても、しあわせ(幸せ)の基になるのは、人として“よく生きる”“よく生きられる”ということであり、それは誰もが目指す目標だと思います。
 そして人はみなよく生きるためのそれなりの努力をする(している)はずであり、それが人の世の繁栄につながっていると思います。

 人間が人間として繁栄していくためには、今ある生命を大切にしなければなりませんが、さらにその生命を将来に向けた新たな生命につなぎ続ける努力もしていかなければなりません。
 それは人間が人間に課す義務であると同時に、人間として生きる権利の行使であり、権利の確保です。
 幸福の追求が人の権利だとしても、その権利を保持するために努力することは人の義務だということになります。

 今、日本の社会福祉の分野では、児童福祉にしても、高齢者福祉にしても、障害者福祉にしてもいろいろ課題を抱えています。
 それらの課題は社会保障の問題とも関連するという考え方が大切であり、それは日本の国の命運にかかわる重大なことだと思います。

【引用おわり】



 障がい者福祉に関する課題は、日本の社会保障制度のあり方に直結する。
 多くの人たちの利害をうまく調整しなければならない。
 少子高齢化が進み、人口減少は進む一方だ。経済成長に期待できない。
 こうした現実を踏まえて、個々の幸せとは何か、障がい者の幸せとは何かを考えての政策である。
 限られた経済力にあった支援のあり方を追求することになる。
 パーフェクトの満足が得られないのが現実である。
 そこには、個人の努力や工夫が求められる。

(ケー)
少しばかりの敬意と尊厳が欲しい!
少しばかりの敬意と平等が欲しい!


権力者はみんなペテン師だ
俺たちを閉じ込める!



フィンランド発のドキュメンタリー映画
「パンクシンドローム」観てきました!
公開最終日にようやく見に行くことができました。
知的障害者4人のパンクロックバンドの日常を追った映画です。
最初に書いた言葉は、彼らのバンドの歌詞です。
まさに魂の叫びだと思いました。

フィンランドと言えば、福祉が手厚い国というイメージがありますが、
そこに住んでいる障がい者たちでさえ
こんな風に差別を感じているという事だと思います。

実は私、個人的にはパンクロックは好きではありません。
だからなのか、映画の終盤には少々頭も痛くなりかけてしまいましたが、
それでも、この映画は観て良かったと思いました。

障がい者もの特有の陰気くささは全くと言っていいほどなかった事も
良かったのだと思います。

とはいっても、洋服の縫い目が気になってしょうがないこだわりや、
母親が亡くなったことを自分には知らせてもらえず、
葬式さえも自分抜きで済まされていた事を知って落胆したり・・・
ちょっと笑えたり、身につまされたりする場面もあり、
考えさせられる部分もありました。

それにしても、グループホームの居室がとっても素敵でした。
女の子はとっても女の子らしい色と家具でしたし、
男性の部屋(こちらは1人暮らしかもしれません)は
白が基調のスッキリしたオシャレな家具や照明で
とても素敵でした。
たとえるなら、家具店にディスプレイされているようにオシャレな部屋に
障がい者が住んでいるという感じです。
私が知っているグループホームとは違っていましたので、少々驚きました。
このあたりが福祉先進国なのでしょうか。

それでも彼らは叫んでいました。
グループホームは大嫌い!
いつか施設を爆破してやる!



映画は先週の土曜日から昨日の金曜日までの
1週間しか公開日がありませんでしたが、
本当はもっとたくさんの人に観て欲しいと思える映画でした。

キットかれらは今日も社会に怒り、日常に怒り
パンクしているんでしょう、でも、お前らサイコーだぜ!!!

ご訪問ありがとうございます(F)

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