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毎年年度末の恒例になっている天童市育成会の食事会に行って来ました!

今回はなんと、フレンチ ですっ!!

フラッシュを使わないで写真を撮ったのですが、
う~ん、いまひとつ綺麗に映っていないですね・・・(ご勘弁を)
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ここは天童市にある「山形フレンチ シェ・ボン」というお店です。

地産地消をうたっているお店ですので、ほとんど山形県内の食材をつかっているのです。


前菜


冷製オードブル 雪うるいとサーモン



温製オードブル ズワイガニのキッシュ 



雪下キャベツとブラウンえのきのスープ



私が頼んだお肉料理 珍しいデュロック豚とシンシアというジャガイモなど
初めてのお味でしたがとても美味しかった!


こちらはお魚料理を頼んだ人のを撮らせてもらいました。
庄内浜で釣った”かさご”だそうです。


デザートの盛り合わせ


コーヒーとプチシューも!


お料理はもちろん美味しかったですが、お話しも盛り上がりましたよ。

スペシャルオリンピックスや、障がい者スポーツ大会の話、
放課後デイでコンビニのお手伝をやらせてもらったこと、

山形新聞に載った(見てない・・・)らしい天童市にできる天童まいづる会運営の
グループホームの話、愛泉会が新しく天童市に展開する生活介護事業所のこと、
新しくできた天童南駅のこと(かなり利用者がいるようです)

私の脳震盪の話も・・・(;一_一)

本当に色々な話がでましたし、とても楽しかったです。

来年度も茶話会は継続して行っていく事になると思います。
誰でも気軽にこれる場にしたいですし、
時々はどなたかをお招きして、ためになる話を聞いたり、
私たちの思いを聞いていただいたりすることも良いかもしれません。
こんな風に茶話会の持ち方も少し考えたいと思います。

これからも、この場を有意義に利用できるようしていかないといけませんね!

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 障がいのある子の介護を続けてきた家族による心中事件を取り上げてきている。
 あんなにも献身的に介護してきたのに、なぜこうした事件が起きてしまうのか。
 長すぎた介護こそ、こうした事件を引き起こしたということか。

 さて、本論文の引用は、第21回目となる。



【引用はじめ】

障害者家族におけるケアの特性とその限界 ―「ケアの社会的分有」にむけた検討課題―

中根 成寿(立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程)

『立命館産業社会論集』2005年3月

3 親密な関係の特性と限界

 事件に共通するのは長い介護期間の経過と要介護者,介護者の高齢化である。
 そして事件を報道する記事の多くに「将来を悲観」というフ レーズが登場する。
 家族内においてケアする者, ケアされる者が固定化している場合,「時間の限界性」を克服する方法はない。
 特にケアする者がされる者より早く死ぬと想定されるケースで,「将来を悲観」という理由での悲劇が繰り返されている。

【引用おわり】



 家族間の介護は親やきょうだいが寝食忘れて行われる。
 それも、長期間にわたって。
 しかし、介護者が高齢化し、要介護者も高齢化してくる。
 介護者の方が要介護者より早く亡くなることが予想される。
 その心配が介護者を追い詰める。
 「将来を悲観」し、なにもかも絶望的な気持ちになってしまう。
 そして、後戻りできない心中事件といった結末を迎える。
 家族内部だけで強固な関係を築きすぎることの危険性である。
 家族だけ、親だけで介護を長期間やり続けていると、他に頼めないし、他はやれるはずがないと思い込んでしまう。
 介護をやれるのは、自分たちだけしかいないと考えてしまうのだ。
 しかし、親や家族が高齢化してくれば、今までできた介護もできなくなる。
 自分たちが早く亡くなったら、誰も介護する人がいなくなる。
 「将来を悲観」し、差し迫った絶望を回避できなくなって悲劇を生む。
 社会的サポートが機能する地域ネットワークを密に構築していくことが、悲劇を少なくする方策である。
 ただ、地域間格差が大きいのも現状だ。
 そのためには、必要に応じて当事者が声をあげていくしかない。

(ケー)
全国手をつなぐ育成会発行 元気の出る情報・交流誌

「手をつなぐ 2015 特別号」 が届きました!
特別号(縮小版)

今回の機関紙は、特別号ということもあり、
マンガでわかる 障害のある人のくらしと支援
10 のはなし

1.総合支援法
2.相談支援
3.すまい
4.医療
5.育ち
6.重い障害
7.通う・働く
8.高齢化
9.権利擁護
10.文化・余暇

ということを、分かりやすく説明してくれています。

私もまだ、パラパラとしかめくっていませんが、
今回の機関紙は本当に分かりやすく書かれていますので
機関紙を購読していて良かったぁ~と感じましたよ。

「手をつなぐ 特別号」は準備が整い次第発送しますので
到着までお楽しみにお待ちください。

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 兄が知的障がいで、妹がその兄の介護を続けてきた。
 妹も60が過ぎ将来を悲観するようになり、兄の介護をする人がいなくなると思い込んで、兄を絞殺してしまった事例が以下の引用である。

 さて、本論文の引用は、第20回目となる。



【引用はじめ】

障害者家族におけるケアの特性とその限界 ―「ケアの社会的分有」にむけた検討課題―

中根 成寿(立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程)

『立命館産業社会論集』2005年3月

3 親密な関係の特性と限界

 2003年,愛知。
 名古屋市中村区で今年3月, 自分の死期が近いと思い込み,知的障害のある兄の将来を悲観して兄を絞殺したとして殺人の罪に問われた妹で無職I被告(65)に対する公判が26日,名古屋地裁であった。
 検察側は「自分しか兄の面倒をみられないという独善的な思いから殺害した」などとして懲役5年を求刑した。
 弁護人は「被告人にとって兄の介護 は生活のすべてで生きがいだった」と主張した(2003 年5月26日夕刊)。

【引用おわり】



 何十年と介護なり、面倒を見続けると、自分以外これができる人はいないと考えてしまう。
 上記の事例は、兄を妹が介護し続けてきた特殊な事情があったのだろう。
 妹もそれが生きがいだと割り切ってきた。
 兄のためなら何でも犠牲にすることができた。
 でも、妹自身の体調維持に自信を失ってきた時点から歯車が狂ってくる。
 自分が兄よりも先に亡くなることに悩み始める。
 そのことが自分を追い詰める。結果的に兄の絞殺といった悲劇を生み出してしまった。
 どっかで足を止めて、周りからの助けを求めることをしなかった。また、周りも積極的にはたらきかけなかった。
 妹が兄の介護で困っていた時、周りもそれを察知して、適切な支援ができなかったものか。
 妹ががんばっているので、周りは妹に任せておけばいいと思っていたに違いない。
 がんばり過ぎる妹に対して、信頼できる仲間がいなかった。
 それだからこそ、さらに妹はがんばるといった悪循環に陥ってしまった。
 知的障がいのある兄、介護をしてきた妹、そして周りにいた人たち全てにとっていい結果をもたらすことはなかった。
 妹に全てを任せてしまった結果である。

(ケー)
 以下の事例、ずっと「あの子は私のすべて。私がいないとだめだと思っていた」と言っている。
 そして、施設入所も断り続けてきた。
 親が高齢化し、娘の介護に限界を感じ心中にいたった。
 親は死にきれず、娘のみが亡くなった。娘にとっても、親にとっても悲劇的な結末である。

 さて、本論文の引用は、第19回目となる。



【引用はじめ】

障害者家族におけるケアの特性とその限界 ―「ケアの社会的分有」にむけた検討課題―

中根 成寿(立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程)

『立命館産業社会論集』2005年3月

3 親密な関係の特性と限界

 2002年,埼玉。
 久喜市で9月,最重度の知的障害のある娘(当時46)を絞殺したとして殺人罪に問われた無職T被告(72)の初公判が8日, さいたま地裁(若原正樹裁判長)であった。
 T被告は罪状認否で起訴事実を全面的に認めた。
 検察側は懲役5年を求刑し,公判は即日結審した。
 判決は12月11日に言い渡される。
 検察側の冒頭陳述などによると,T被告は知的障害のある三女を46年間介護してきた。
 自らの体調悪化などから将来に不安を感じるようになり,9月9日夕,三女の首をよだれをふくために用意した手ぬぐいで絞めて殺害したとされる。
 T被告は首つり自殺を試みたが,苦しさの余り遂げられなかったという。
 冒頭陳述で検察側は「被告人は周囲から娘を施設に預けるように勧められたが,頑迷に断り続けた」と指摘した。
 T被告は被告人質問で「あの子は私のすべて。私がいないとだめだと思っていた」と供述した(2002 年11月09日朝刊)。

【引用おわり】



 T被告の「あの子は私のすべて」という言葉には、うそ偽りはない。
 そして、「わたしがいないとだめだ」と思い込んでいた。
 だから、「周囲から娘を施設に預けるように勧められたが,頑迷に断り続けた」のである。
 娘を46年間介護し続けてきた。
 親と娘の関係は切っても切れない。死ぬ時もいっしょとなってしまった。
 自己主張できない娘はなすがままにするしかない。
 親の一方的な考えに翻弄されてきたとも言える。
 でも、親からすれば娘のためを思ってということだ。
 T被告が周囲の声に耳を傾けようとしなかった理由はなんだったのだろう。
 いろんな軋轢により、T被告は孤立してしまったのかなあ。
 心を打ち明ける仲間がいたならばと悔やまれる。
 地元の育成会の人たちと少しでもかかわる機会がなかったのだろうか。
 ちょっとした手助けでT被告も救われる方向性を見いだせなかったかなあ。

(ケー)
ウチの次男も一時期お世話になったことのある
「心理リハビリテイション研究会」から研修会のご案内です。

動作法の理論と実際
―動作のこころと自己のこころ―

日本オリジナルの心理治療 動作療法の理論と
臨床ケース等について、動作法の生みの親である
成瀬 悟策先生より、ご講演並びに演習をしていただきます。


日時:平成27年 4月12日(日) 13時30分~16時30分
会場:山形大学文化ホール(地域教育文化学部音美棟)
    山形市小白川町1丁目4-1

講師:成瀬 悟策(なるせ ごさく)先生
    現在、九州大学名誉教授。医学博士。臨床心理士(第1号)

参加申し込みについて
参加費:2,000円 (当日会場にてお支払ください)
     山形心理リハビリテイション研究会会員は無料
申込み:メールにてお申込みください。
     タイトルを「研修会申込み」とし、本文に「参加者氏名」 「所属」 「連絡先」を
     明記のうえ、下記まで送信してください。
    jazhiro@yahoo.co.jp
山形心理リハビリテイション研究会 斉藤 博之

しめきり:4月3日(金)
      定員の100名になり次第終了としますのでお早めにお申し込みください。

主催:山形心理リハビリテイション研究会・こまくさ会



 お~懐かしい、斉藤博之先生!
次男が中学部の時に担任をしていただいていた先生で、
動作法も熱心に研究をされている先生でした。
高等部の時に担任をしていただいた先生も動作法をやっておられる先生でしたので
授業などでも時々取り入れていただいていたようです。

動作法については、色々な考えの方がいらっしゃいますので
私がここにいろいろ書き込むよりも、研修会で講演をお聞きになった方が
良いかと思います。
興味のある方は研修会へ参加してみてください。

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 老障介護の事例が以下の引用である。
 こんなにも歳とった母親が、高齢化した障がいのある子と心中せざるを得ない。
 背景には何があったか。思いつめたものが何十年と積み重なった結果に違いない。

 さて、本論文の引用は、第18回目となる。



【引用はじめ】

障害者家族におけるケアの特性とその限界 ―「ケアの社会的分有」にむけた検討課題―

中根 成寿(立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程)

『立命館産業社会論集』2005年3月

3 親密な関係の特性と限界

 1998年,豊橋。
 重度の知的障害者だった63歳の子と無理心中を図り,殺人の罪に問われ今月1日,名古屋高裁で執行猶予付きの有罪判決を受けた愛知県豊橋市の96歳の女性が,老衰のため17日に死亡したことがわかった。
 自宅に戻 ってから,半月あまり。
 判決が確定し,「被告」 という立場を離れ2日目。
 弁護士には「息子のめい福を祈りながら余生を過ごしたい」との手紙が届いたばかりだった。
 女性は生後6カ月の息子をおぶったまま自転車で転んだことが障害につながったと負い目を感じ続け,介護を続けた。
 今年1月2日朝,正月を一緒に過ごすために特別養護老人ホームから戻っていた息子の将来を悲観し ,首を寝間着の腰ひもで絞めて心中を図った。
 自分も首をつったが死にきれなかった。
 一審の名古屋地裁豊橋支部の判決は,懲役3年の実刑。
 1日の高裁判決は「(犯行は)強い愛情の発露」として一審判決を破棄し,懲役3年執行猶予4年を言い渡した。
 双方とも上告せず,16日午前零時に猶予付き判決が確定し た(1998年10月22日夕刊)。

【引用おわり】



 わが子を道連れに心中を図ろうとした母親の思いは、他人には知り得ない。
 さらに、63歳になる子の首を絞め、死にきれなかった母親の気持ちは察するに余りある。
 息子の将来を悲観してという解説は確かにわかりやすい。
 そうした気持ちもあっただろう。
 でも、それより今までずっと母親が育て、面倒見てきた息子を残したまま、自分が先に死んではならないと思い込んでしまった。生きるのも死ぬのも一緒と思った。そうとも言える。
 いずれにしても、この母親は息子を必死で育ててきたことは確かだ。
 皮肉にも長生きしたことが、悲劇的な結末を生んでしまった。
 育成会はこうした悲劇を防ぐ機能を果たすことができているのだろうか。
 親同士による励まし合いがなされる場でなければならない。
 ふだんのお付き合いによって、悩みや問題を打ち明け合う関係づくりが重要である。

(ケー)
 障がい者を抱える家族において、長期にわたる介護が、悲劇的結果をもたらす事例も少なからずある。 
 高齢化した親たちにとって他人事でない。

 さて、本論文の引用は、第17回目となる。



【引用はじめ】

障害者家族におけるケアの特性とその限界 ―「ケアの社会的分有」にむけた検討課題―

中根 成寿(立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程)

『立命館産業社会論集』2005年3月

3 親密な関係の特性と限界

 ケアの社会的分有が目指される現在でも,家族介護の末の社会病理現象として顕れる家族内殺人事件が継続して起こる。
 要介護者を殺害し, 介護者も自殺を図るという心中の報道が流れるたびに,ケアの社会的分有が必要だと指摘がなされる。
 つまり家族だけが介護を担うことの危険性はすでに周知のものとなっている。
 しかし 事件を巡る報道の中にすでに,家族内介護を継続せざるをえない家族内介護の特性が表れている事例もある。
 いくつかの事件の報道を紹介し検討する。

 1997年,富山。
 22日午前3時半ごろ,高岡市大町,無職K容疑者(72)から,「息子を殺してしまった」と110番通報があった。
 高岡署員 がK容疑者の自宅に行ったところ,一階の六畳間で,長男の無職Tさん(38)が電気コードで首を絞められて死んでいた。
 同署は同日午前5 時すぎ,K容疑者を殺人の疑いで緊急逮捕した。
  同署の調べでは,Tさんは先天的に知的障害があり,子供のころから市内の病院に通院していたという。
 同日午前3時ごろ,大声で「薬をくれ」と騒いだため,介護疲れの状態だったK容疑者が将来を悲観 し,首を絞めて殺したという (1997年2月23日朝刊)

【引用おわり】



 ずっと長いこと障がいのある子を介護してきた。
 多くの問題に対して、その都度それなりの対応をしてきている。
 大変だと思いながらも、子のためがんばってきた。
 しかし、親が高齢化して親が亡くなったら、この子はどうなるのだろうという思いが強くなる。
 肉体的にも、精神的にも切羽詰ってしまう。
 こうしたことになる前に他からの支援がなされるべきだ。
 危機的状況を回避するセーフティネットが必要である。

(ケー)
長男の卒業式&引っ越しのために新潟に行ってきました。

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新潟港の近くにある朱鷺メッセというところが卒業式の会場です。
展望台から信濃川が見えます。
2年前の4年生の時の卒業式も同じ場所でした。

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遠くの方にはサッカーJ1アルビレックス新潟のホームグラウンド、ビッグスワンスタジアムが見えます。
日本海側では一番大きな都市と言われているだけあって
やっぱり、山形よりはずっと都会って感じがします。

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女の子は袴姿が圧倒的に多かったですねぇ~
男の子はほぼスーツでしたが、着物姿の人も見かけました。
ウチの長男はまわりに流されるタイプの性格ですので、スーツで出席でした。
そして笑ってしまったのが、長男の高校からの友人S君、
数日後から始まる新入社員研修のために
研修に必要なもの一式を入社する会社に送り、
準備万端で卒業式に臨んだのですが、
スーツに合わせる革靴も送ってしまったそうで\(゜ロ\)(/ロ゜)/
紺色のスーツに真黄色のブーツを履いていました(^_^;)
S君・・・高校時代から変わってないなぁ・・・(^・^)


障がいのある次男のように、いつまでも親が口出し手出しをしているのもどうかとおもいますが、
4月になる前に新入社員研修が始まり、明日にはまた家を出ていく長男のことを考えると、
6年前に大学に入学させる時とはまた違った気持ちです。

親のすねかじりも卒業し、一人で社会に踏み出そうとしている息子をみていると
頼もしさも感じますが、一抹の寂しさも感じてしまいます。
親はみんなこんな気持ちになるのでしょうね。


新しい生活に踏み出す皆さんにエールを送ります!

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 本論文は、哲学的な省察が続いている。
 独特の専門用語を駆使した解説である。
 だから、ブロガーとしてはあまりそうした用語にとらわれず自分なりの捉えで解釈している。
 要は、日常的な用語を使って、よりわかりやすくとらえることに努めている。
 理解できなければ何の意味もないと思うからだ。
 著者にとっては誤解釈に対する不満は残るだろうが。

 今回は、障がいのある子を「傷つきやすい存在」という言葉で以下では表現している。 

 さて、本論文の引用は、第16回目となる。



【引用はじめ】

障害者家族におけるケアの特性とその限界 ―「ケアの社会的分有」にむけた検討課題―

中根 成寿(立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程)

『立命館産業社会論集』2005年3月

2 ケアへ向かう力―ケアする者はなにを得ているのか

 つまり「あなたをほうっておけない私」の存在が「ケアへ向かう力」の根拠となる。
 そこには個々人の強さを基盤とした自立する主体同士のぶつかり合いではなくて,ヴァルネラブルな (傷つきやすい)存在が介助という身体接触を含めた行為を通して関わることでかろうじて生きていく。
 「あなたをほうっておけない私」が親というアイデンティティと結びついて存在している事と,罪悪感からはじまり内発的義務を通して変容した責任とが同時に「ケアへ向かう 力」に含まれる。
 「子どもの自立」が大切なのは当たり前にわかった上で,それでもわき上がる内発的義務によって大切な他者を支えたいと いう感情,自己決定が大切だということがわかった上でもなお,子への関わりを捨てきれな い。
 これらのことを表面的にとらえれば何の問題もないように見える。
 ケアしたいと思う親がいて,ケア無しでは生きていくことに困難のある子がいて,双方にそのニーズを充たしあっているのならば,問題はないではないか,という人がいるかも知れない。
 実際に日本の社会は,家族にケア機能のほとんどを期待する。
 ケアを社会的に分担するよりもできれば家族でやってほしいという意識が強いため,ケアを家族の外に出すことに罪悪感や後悔の感情が背負わされる (藤崎[1999])。
 ここには二つの問題点があると指摘できる。
 一つは「他者による自己実現の危険性」,もう一つは「時間へのもろさ」である。
 以下検討する。

【引用おわり】



 日本社会では障がいのある子は、家族が面倒見るのが当たり前といった風潮が強い。
 家族が面倒をみないで、施設などに頼ることは、なにかしらの罪悪感を背負ったりする。
 世間に後ろめたさを感じたりする。
 家族の力にも限界がある。それを素直に出せない。責任を放棄していると思われるのでないかといった心配である。
 育成会は60年の歴史の中で、こうした問題を踏まえた運動を展開してきた。
 先輩の人たちは並外れた苦渋を味わいながらここまでたどり着いた。
 権利擁護(差別解消法等)を訴えることができるようになったのは画期的である。
 今後、この本筋をはずすことなく進むことである。
 あとから続く親たちにとって、もちろん障がいのある当事者により良い社会が実現することを期待したい。

(ケー)

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