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 年を重ねても居心地よく働くことができる支援が重要である。
 多くの力が低下する。
 それに合った支援内容が求められる。
 こうした内容に関する論文の紹介である。
 第14回目となった。



【引用はじめ】 

植 田   章

佛教大学社会福祉学部論集 第6号(2010年3月)

知的障害のある人の加齢と地域生活支援の実践的課題 ──「知的障害のある人(壮年期・高齢期)の健康と生活に関する調査」から

archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/FO/0006/FO00060L019.pdf

5 環境要因の再検討の必要性(2)

 性格・対人関係の変化

◯  利用者・職員に対する他傷行為がある 29.9
◯ 他の利用者から他傷行為を受ける、 トラブルに巻き込まれる 4.2
◯  障害・疾病からコミュニケーションをもてない  6.2
◯ 環境等の影響からコミュニケーションをもてない 2.1
◯ 人間関係が限定されている  3.5
◯ 不満や愚痴が多い 2..8
◯ 甘えが出る 4.9
◯ プラス面 23.6

 こうした集団編成に着目した視点は,支援内容にも配慮がなされなければならない。
 障害のあるなしにかかわらず,私たちが年を重ねていくと,集中力,注意力の低下や理由なくイライラしてしまうといった変化が個人差はあっても起こってくるものである。
  こうした変化を変化として自覚することはなくとも,仕事の能率が下がったり,その苛立ちを同僚や家族にぶつけてしまうなど,本人は大変に戸惑いを感じるものである。
 障害のある人の労働・作業活動における支援内容が,能力の無限の可能性を引き出すことを中心に据えていた青年・成人期のままであればどうであろう。
 求められる仕事の水準を達成することが負担にな ることもあるだろう。
 作業の内容に重点をおいて班の配属がなされれば, その集団のなかで孤立を生むこともある。
 したがって,壮年期・高齢期の人の労働・作業場面 においては,その人の働きたいという意欲を尊重しながらも,それを削いでしまうことのないことを原則に,年を重ねるほどに,気持ちよく,居心地よく働けることを第一に支援内容が検討される必要がある。

【引用おわり】



 年をとれば立居振舞いがうまくいかなくなる。
 そのため、周囲との関係に支障をきたすことが多くなる。
 問題が問題を呼び、悪循環に陥ってしまうとなかなか解決を難しくする。
 悪循環を断ち切る支援の工夫がなければならない。
 本人の実情をよく見極めた対応が必要である。

(ケー)
P1301578.jpg
天気予報通りに雪が降り始めました。
街の色が薄墨色になっていきます・・・・

先週、凍結した路面で転んで脳震盪を起こした身としましては、
この雪は怖さがよみがえってきます(+o+)ブルブル

私の弟からは「職場の同僚も頭を打って頭痛がなかなか取れないから
再度診てもらったら脳内出血していたという人がいるから、気をつけろよ」
と言われ・・・
長男からは「まじ?もう若くないんだから気ぃつけてよ」と言われました(^_^;)
「はい・・・・(ーー;)」というしかありません。

やはり、頭痛がすっきりと取れている訳ではないので
いまひとつ心配です・・・

これから2月、まだ寒い日は続くと思いますので
みなさまも、ケガや体調に気を付けて過ごしていきましょう!


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 加齢によって、イライラが多くなって周囲とのコミュニケーションに困難が生じたりする。
 こうした傾向について、以下の論文が明らかにする。
 本論文の紹介は第13回目となる。



【引用はじめ】 

植 田   章

佛教大学社会福祉学部論集 第6号(2010年3月)

知的障害のある人の加齢と地域生活支援の実践的課題 ──「知的障害のある人(壮年期・高齢期)の健康と生活に関する調査」から

archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/FO/0006/FO00060L019.pdf

5 環境要因の再検討の必要性(1)

 本調査では,「行動」「性格・対人関係」の変化として,生活・労働場面での他傷行為,他の利用者とのトラブルが多くなっている点も明らかにされた。
 加齢によるものと思われる「イライラしやすい」「愚痴や不満が多くなった」といったこれまでは見られなかった変化によって,周囲の人とのコミュニケーションに困難が生じていると考えられる。
 こうした他者への消極的なかかわりには,利用者を取り巻く集団の構成が大きくかかわっている。
 たとえば, 労働・作業場面においては,壮年期・高齢期を迎えた利用者と若年の利用者で構成された班では, その年齢差が双方のコミュニケーションを困難にしたり,壮年期・高齢期の利用者が若いエネ ルギーについていけず,こもりがちになってしまうといった弊害をもたらすことがある。
 もちろん,若年の人のエネルギーが意欲をもたらしたり,年長者としての自覚をもたせるといったプラスの側面も持ち合わせてはいるが,すべての人に該当するわけではなく,個々人にとって どうであるかの見極めがいる。

【引用おわり】



 加齢といったことが、若年者との関わりにおいてうまくかみあわなかったりする。
 イライラする、不満が多くなるなど、周囲との関係でぎくしゃくする。
 それが他傷行為を引き起こし、トラブルになったりする。
 こうした行動の原因を見極め、個人ごとの対応を行う必要がある。

(ケー)
P1291577.jpg
お天気は良いのですが、寒いです。
今日の山形市の最高気温の予想は「2℃」ですって!(@_@)

ところで、手をつなぐ育成会では親御さんたちに向けて
「頑張りすぎないで」とか「自分一人で抱え込まないで」
「専門の人の力も借りてみましょう」とか「自分自身の楽しみも見つけましょう」
という事を何度も発信しています。

これは、障がいのあるお子さんの事を他人に任せることに罪悪感などをもってしまい、
すべてを背負い込んでしまいそうな親御さんに向けて発信しています。
誰にも頼らずに親子が共倒れしてしまっては大変なことになるからです。
それは、今のような福祉サービスが無かった時代に
必死に子育てをしていた年代の方に多くみられるようです。

今の時代、まだ不十分だとはいえ使えるサービスがだいぶ増えています。
それ自体は、本当にありがたいことだと思っています。

ですが、以前にある方がふと言われていた言葉がず~っと頭の中に残っています。
「愛着形成も出来ていない内からサービスを乱用することはどうかと思う」
との事でした。

親と子どもの愛着がキチンと出来ているのだろうか?
と思われるような幼い子供を、毎日夜の7時くらいまで事業所に預けている
若い親御さんも見受けられるようになってきたのだそうです。
そんなのは”ネグレクト(育児放棄)”ではないかとさえ思えてくる。
というお話でした。

親御さんが何もかも背負い過ぎて親子共倒れになってしまってはマズイので
そんな方には十分にサービスを利用してほしいと思うのですが、
子どもにとって親でなければできない事ということは確かにあります。

人は、小さいころ親に無条件に愛されていたことが実感としてあると、
「自分は愛される価値のある人間だ」という自己肯定感が生まれるそうです。
自己肯定感が無い人は、人生の中でつまずきやすくなってしまうといわれています。
これは、障がいがある人も無いひとも同じなのだそうです。

就学前のお子さんをお持ちの親御さん、
わが子の将来が充実した人生になるために、
今一度、わが子との関係を確認してみませんか?

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 加齢によって、知的障がい者はさまざまな日常生活動作が低下する。
 その動作の低下を支えることによって、より良い生活を保障することになる。
 以下、そうした支援の意義について述べてある。

 本論文の紹介は第12回目となる。



【引用はじめ】 

植 田   章

佛教大学社会福祉学部論集 第6号(2010年3月)

知的障害のある人の加齢と地域生活支援の実践的課題 ──「知的障害のある人(壮年期・高齢期)の健康と生活に関する調査」から

archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/FO/0006/FO00060L019.pdf
  
4 日常的な生活動作を支えることの意味(2)

 「眠ること」「食べること」「排泄すること」「清潔を確保すること」,これら一連の日常的な生活動作は健康で順調な生命活動を維持するだけではない。
 利用者が生活の主人公であり続けるための土台でもある。
 したがって,日常的な生活動作の低下は生活や人生に対する利用者の姿勢を受身なものにしてしまう恐れがある。
 そのため,職員の支援は動作そのものの維持を目的とするだけではない。
 一つひとつの動作の維持・向上によって広がる生活の可能性を保障することを重視して行われている。
 たとえば,「排泄する」という行為は,健康保持のために欠かせな い行為である。
 しかし支援を必要とする人にとってはそれだけではない。
 散歩のためには歩くことをあきらめてしまう人でも,排泄のためには歩いてトイレに向かおうとする。
 また,「トイレにいきたい」という意思表示が外界に対して自分の意思を伝える貴重な機会になっている人もいる。
 同様に,「清潔を確保する」こととかかわって衣服の着脱がある。
 着衣という行為は,衣服の選択など利用者が自己決定できる場としての意味も含まれている。
 こうした日常的な生活動作を,「時間がかかるから」「不十分だから」という理由から行為そのものだ けを重視して支援を行うのはもんだいである。
 そうした支援によって,健康保持は叶っても,その行為によって広がったであろう利用者のさまざまな力──自己主張や意思表示,生活意欲は失われ,他者に生活部分の多くを委ねることにもつながってしまうだろう。
 また,動作することの要求に含まれた彼らの思いや訴えを受け止めることができないとすれば,そのことは彼らの人間としての誇り,ひいては存在そのものを否定することにもなりかねない。
 職員が日常的な生活動作への支援を重視し,時間と人手を割いて支援してきたのにはこうした視点があるからである。

【引用おわり】



 基本的な日常生活動作の低下によって、生活そのものの活力を失わせる。
 「排泄」、「着衣」などの動作の低下をできるだけ緩やかにふせぐよう、働きかける必要がある。
 それにより知的障がい者のQOL(生活の質)を維持することになる。
 今まで以上に支援には負担がかかることだろう。
 しかし、本人たちの生活をより良いものにする上で、時間をかけたよりていねいな支援が必要である。

(ケー)
先週、自宅前で滑って転んで脳震盪を起こしたことは、先日のブログで触れましたが
頭痛がする頭でついつい見入ってしまったテレビ番組がありました。

NHK Eテレで放送している「ハートネットTV」ですが
「君と歩む道ーシングルファーザーと自閉症児の20年ー」という番組でした。
(再放送された番組だったようです)

シングルマザーではなくてシングルファーザーというのでは大変だろうなぁ~
と思ったことと、その方が作っているホームページ「そよ風の手紙」という名前に
聞き覚えがあったからでした。

どこかで見たな・・・痛む頭で考えました。
\(◎o◎)/!思い出しました!
当ブログを運営しているFC2ブログの何かを見ているときにたまたま見つけたのでした。
福祉関係施設の代表の方のブログだな、という記憶でした。
まさかご自身がシングルで自閉症の息子さんを育てているのだという事は思ってもみませんでした。

放送を見る限りでは、結構こだわりが強い息子さんのようでしたので
子育ても大変だろうな・・・と思いながら見ておりましたが、
障がいのある子を育てる、という共通点をもちながらも
男性と女性は、やはり違う脳をしているという事を感じさせられました。

全日本育成会で開発した「家族支援・障害認識ワークショップ」の
ファシリテーター養成講座を受講した時にも感じたことがありました。

私たち女性は、ほとんどの方がわが子の事を一番に考えていました。
しかし、男性はわが子の事はもちろん可愛い。
でも、わが子の事は奥さんにまかせてしまっているのだけれど、
その他の困っている子どもたちが利用できる何かを作りたい!
と思っている方がとても多かったのです。

簡単に言うと、母親は「ウチの子が安心して利用できるサービスや事業所はないかしら?」
とわが子を一番中心に考えています。
ですが、父親は「ウチの子も困っているのだから、他にも困っている子がいるはず、
その子たちが使える事業所を作ってみたい」
というような考えの人が多かったです。

もちろん、母親も父親もみなさんがこんな風に思うとは限りませんし、
ファシリテーター養成講座を受講して、なにか社会貢献を!
と思って、申し込みをするような人たちだからこそ
そのような方が多かったのかもしれませんが・・・

話がズレてしまいましたm(__)m

この番組のお父さんも、ご自分のお子さんは特別支援学校を卒業してからは
地域にある障がい者支援事業所に通わせていて、
ご自身は会社を退職して、障がいのある他のお子さんのために児童の事業所を経営しています。

とても素晴らしいことですし、本当にすばらしい親御さんだと思います。
でも、素晴らしい、すごいと思いながらも、
なんとも言えない違和感も感じてしまっていたのでした。

必要以上に頑張りすぎていないのかな・・・
この番組をみた親御さんたちが、自分の頑張りがまだまだ足りないのかな・・・
もっと頑張れ!という事なのかな・・・
と自分自身を追い込んでしまわないといいけれどなぁ~
とも感じてしまっていました。

親が必死になっている姿は美談として取り上げられやすいのですが
めいっぱいがんばっているにも関わらずに、それほどうまくいっていない人にとっては
他人の美談は自分が責められているように感じてしまう場合もあります。
(番組を否定しているつもりは全くありませんので、誤解しないでください)

多くの親はみんな頑張っています。
他人と比較せず、頑張っている自分を認めてあげましょうね。

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 知的障がい者は加齢により身体機能が低下する。
 そのためさまざまな日常生活動作が変化する。
 どんな変化があらわれるかその内容を紹介する。
 この論文紹介は第11回目となった。



【引用はじめ】 

植 田   章

佛教大学社会福祉学部論集 第6号(2010年3月)

知的障害のある人の加齢と地域生活支援の実践的課題 ──「知的障害のある人(壮年期・高齢期)の健康と生活に関する調査」から

archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/FO/0006/FO00060L019.pdf
  
4 日常的な生活動作を支えることの意味(1)

 日常生活動作の変化は身体機能の低下を要因に起こっている場合が多い。
 本調査では日常生活動作として,「睡眠」「食事」「排泄」「着衣」「歩行」の変化とそれに伴って必要になってい る支援について尋ねた。
 たとえば,食事の場面では咀嚼力や嚥下力の低下から刻み食に変更になる。
 着衣では身体機能の低下から着替えに時間がかかる。
 歩行では歩行そのものが難しく なっていることがわかった。

◯ 図3 食事の変化

盗食 3.3
偏食・好き嫌い 12.2
早食い・暴飲暴食 17.7
歯の状態が悪い 6.1
咀嚼力の低下 7.7
集中力の低下 1.7
嚥下力の低下12.7
箸・スプーンが使えない 4.4

◯ 図4 着衣の変化

こだわりが強くなった 23.2
清潔を保てなくなった 6.3
身だしなみを整えられなくなった 22.5
着脱に時間がかかる 16.2
寒暖・TPOに合った衣服の選択ができなくなった 20.4

◯ 図5 歩行の変化

歩くテンポがゆっくりになった 4.4
身体機能の低下から歩行が不安定になった 16.9
障害・疾病から歩行が不安定になった 23.3
視力の低下から歩行が不安定になった 2.6
注意力の低下から歩行が不安定になった 1.8
精神的な不安から歩行が不安定になった 1.8 
体重の増加で歩行が不安定になった 0.9
歩くのを嫌がるようになった 11.9
疲れやすくなった 5.7
姿勢・歩き方が不安定になった 11.9
補助具等の道具を使用するようになった 19.5


 さらに,こうした変化に伴って,見守りや付き添いなどの個別対応の必要性が日常生活動作 の全体で高まっている。
 睡眠で言えば,不安時の添い寝や話し相手になるなど,食事や排泄, 着衣,歩行においてもマンツーマンの対応が増えている。
 また,意識・動機づけの声かけの支援も多くなっている。
 排泄で言えば夜尿起こしの声かけやトイレの場所の指示など,こういった見守りや声かけなどの間接的な支援を通して,自分のできることに自分でするように促し, 機能の維持や向上にもつながるよう支援していることがわかる。

【引用おわり】



 加齢がもたらす日常生活動作の変化によって、個人に即した支援が高まる。
 食事、着衣、歩行の実情に合った対応である。
 個々の知的障がい者にとって、QOL(生活の質)を高める支援が求められる。

(ケー)
山形県歯科医師会より研修会のご案内をいただきました。

平成26年度障がい者歯科研修会のご案内です。

日時:平成27年2月15日(日) 10:00~12:40
会場:山形県歯科医師会館 4階 大会議室

講演:演題「自閉症スペクトラムの子どもの歯科治療」
         ~視覚支援を用いて~
    講師:高満歯科医院(青森県開業)
        院長 高満 幸宜 先生 (110分間)

    演題「当センター関連特別支援学校における学校給食改善の取り組み」
    講師:山形県立総合療育訓練センター
        歯科医長 田中 朋子 先生 (40分間)

受講料無料


障がい者歯科保健医療に関わる医療関係者はもちろんですが、
障がい者福祉施設等に従事する職員の方や、保護者などを対象に行われます。

受講希望者は平成27年2月10日(火)までお申込みください。

申込み・問い合わせ先
山形県歯科医師会事務局
TEL:023-632-8020 FAX:023-631-7477


以上のようになっております。
療育訓練センターの田中先生にお世話になっている方も
結構いらっしゃるのではないでしょうか(我が家もです)

興味のある方は是非、受講してみてはいかがでしょうか。

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 知的障がい者の入所と通所で病気にかかる率が異なるといったデータが以下の引用により明らかにしている。
 以下のように通所の場合が有病率が高い。
 こうした加齢化に伴う健康問題を調査した論文を紹介している。
 その第10回目となった。



【引用はじめ】 

植 田   章

佛教大学社会福祉学部論集 第6号(2010年3月)

知的障害のある人の加齢と地域生活支援の実践的課題 ──「知的障害のある人(壮年期・高齢期)の健康と生活に関する調査」から

archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/FO/0006/FO00060L019.pdf
  
3 健康保持と日常的な生活アセスメントの重要性(4)

 健康状態について通所・入所の比較で見れば,ここ3年にかかった病気の有無で,入所に比べて通所でその割合が高くなっている(通所:「有」153名,53.0%/入所「有」96名,35.6%)。
 自宅で生活している利用者の健康状態は日中活動の支援においては,職員の支援計画のもと,健康に配慮した支援が提供されている。
 しかし,家に帰れば,家庭生活のなかで,たとえば,糖尿病であっても,甘い物を好きなだけ食べてしまうといったように,なかなかコントロールすることが難しい場合がある。
 また,入所で言えば,医療機関とのかかわりは職員が直接立ち会うため,詳細な状態の把握や医師との治療方針の共有については濃密に行うことが可能である。
  しかし,医療的なケアを必要とする者が通所に比べると多く,さらに加齢に伴って認知症などの症状も現れ始めるため,夜間も含めて24時間の対応が必要になっている。
 しかし,そんな状 態にあっても,医療体制は十分であるとは言えず,職員には生命を預かる責任と負担がそのままのしかかっていると言える。

【引用おわり】



 入所と通所の違いによって、有病率が異なることがわかる。
 通所者が5割強、入所者で4割弱である。
 入所施設における健康維持に関する支援体制がやりやすいからである。
 それは、慢性疾患等の食事管理といったことであろう。
 しかし、医療ケアを必要とする人たちへの24時間体制の健康管理となると、入所施設では限界があることも問題だ。 

(ケー)
毎日更新している当ブログですが、
私(F)は10日ぶりのブログ更新となってしまいました。

実は先週の月曜日に出勤しようと玄関をでて、
車庫の前に差し掛かった時、凍結した路面で滑って転倒してしまい
なんと頭を打って脳震盪(のうしんとう)を起こしてしまいました(汗)

意識がなくなるほどのものではなかったのですが、
すぐには立ち上がれなかったこと、転んだあとの記憶が飛んでいる事
頭痛と吐き気・・・
軽度の脳震盪とはいえ、まぁ結構大変でした(+_+)

ということで、先週は事務局にくることができずに休ませていただきました。
なんとか今日から復帰しましたので、どうぞよろしくお願いします。


さて、私がお休みをいただいている間にYさんが発送してくれたようですが、
全国手をつなぐ育成会連合会の機関紙「手をつなぐ」が届きました。

1月号縮小版

特集は「老いを考える」
知的障がいのある人も65歳を迎えると、
「障害者のサービスではなく、これからは老人介護サービスに変わります」
と市役所から言われてしまい、これまで利用していたサービスが受けられなくなった。
というような話も聞こえてきています。
全く同じサービスが老人のサービスにあればそれでいいの?
老人介護の支援者さんは知的障がい者の特性を分かってくれているの?
これまで利用していたサービスが老人のサービスにない場合は?

という問題や、知的障がい者の認知症のリスクなど・・・
いろいろなことを考えることができるものになっているようです。

それから毎年恒例になっておりますが、
育成会から、厚生労働大臣や文部大臣、国土交通大臣あてに、
課題解決をお願いするための「年賀状」を掲載しています。

お手元に届いている方はどうぞお読みになってください。

ご訪問ありがとうございます(F)

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