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全日本手をつなぐ育成会機関紙
手をつなぐの3月号が届きました。

今月の特集は卒業後の遊び、学び、余暇です
卒業後、自由に使える時間をどんなふうに使うか
ということは、意外と難しいようです。

今回は、仕事以外の自分の場を持つこと、
これがあるから仕事も頑張れること、など
さまざまな事例を取り上げられています。

      


それから今回は、青森県の本人の会
レインボー青森で行われた
【本人による本人のための相談会(ピアカウンセリング)】

のようすが掲載されています。

だいぶ盛り上がったそうですよ

この中で行われたワークショップで利用された
質問カードは、青森県の事務局さんから
データでいただいておりますので
ご覧になりたい方は、県育成会事務局までご連絡ください。


 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から356日目(平成24年2月29日、水曜日)。
 また、大震災発生から356日目の新しい朝を迎えた。

 本日は、平年より1日多い、閏年による閏日。
 大震災発生からあと11日で1年。

 「地震 備え」とネットで検索すると、大量のサイトが出てくる。
 あらためてどんなことを個人的にやっておくといいか考える。
 次に引用するのは、携帯ラジオを常備しておくのがいいという話だ。
   
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【引用始め】

http://www.nhk.or.jp/saigai/sonae/radio.html

頼りになるラジオ

災害の時、頼りになるのがラジオです。地震などで停電になるとテレビからは情報が得られないことがありますが、電池式の携帯ラジオならいつでもどこでも聞くことができます。避難する時にも手軽に持ち出すことができて狭い避難所でも場所をとりません。阪神・淡路大震災の時も被災地では、生活に欠かせない情報をラジオから得ていたという話が多くの人から聞かれました。普段から手の届くところにラジオを置くか、非常持ち出し品をまとめた袋の中にラジオも入れておきましょう。予備の電池も忘れずに用意しておいて下さい。

【引用終わり】

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 3.11東日本大震災で山形市内も停電になった。
 明かりなし、暖房なし、テレビなし。買い置きの食料でなんとかしのいだ。
 携帯ラジオをかけっぱなしで次々と報道されるなんともやれきれない事実にため息をついていた記憶がある。
 あれ以来うちではラジオが欠かせなくなった。
 朝の情報はラジオを付けて聴いている。

 東日本大震災の被災地では、FMラジオ局がたくさん立ち上がってきめ細かな地域情報を流したという。それが大いに役立った。
 ラジオって機動力がある。いざという時は、システムが簡易で、安価なものに限る。
 
 ラジオは「明けない夜はない」情報を伝えてくれる。
 (ケー)

宮城県仙台市の社会福祉法人つどいの家さんから
会報を送っていただきました。

社会福祉法人つどいの家さんは、仙台市泉区や若林区、太白区
などに多くの事業所やケアホームをもつ法人です。

会報の名前は『とんがらし通信』
今回の中身は、重要な内容がぎっしり

その中で、自分の子どもに当てはまる内容がありましたので
読み込んでしまいました。

全国障害者生活支援研究セミナーへ行って研修をしてきた
職員さんの報告でした。

【本当は言いたい。けど気を使って言いにくい。】
という部分に深く考えさせられた。ということでした。

これまでこの方は『本人の行動こそ本当の意思』だと捉えていたそうです。

でも、【本当はこうしたい。けど、気を遣ってできない】
と本人が想っていた場合、意思とは違う行動をとることもある。

その結果、問題行動や行動障害につながっていく場合がある。
問題行動や行動障害は明らかに二次的、三次的に作られたもので
本人が苦しい状況にあるからこそ出てくる行動なのだ。
と報告があったそうです。

今回の研修テーマは『意思決定と支援』
『どんな行動にも意味がある』
『普段何気なくしている行動も何かを訴えている』
ということを常に意識し、行動の背景の理解に努めながら
【本人が納得する】支援をしていきたいと感じた。
と結んでいます。

この文章を読んだとき、
そうか・・・毎日支援をしている方でさえも
問題行動をしてしまうには理由があるということを
解っていない人もいるのだな・・・
と感じたと同時に、頑張ってネとも思いました。

この問題行動や行動障害は、その行動自体が問題だと
私たち親も、つい思ってしまいがちです。
問題行動だけをやめさせようと躍起になってしまったりもします。

ですから、経験の浅い支援者さんなどは、気がつかなくても
当たり前なのかもしれません。

私の息子も問題行動はたっぷりガッツリやってくれます
でもその行動には、そうせずにはいられない背景があるのだということは
私も学習して解っているつもりです。
息子がお世話になっている施設の職員さんと一緒に
その原因を探り出し、少しでも気持ちに余裕を持たせて
生活させてあげたいものだと思っています。
そういう意味で、今、私も奮闘中ですっ
が・・・かなり疲れます(F)








 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から355日目(平成24年2月28日、火曜日)。
 また、大震災発生から355日目の新しい朝を迎えた。

 ブログ「関わり合いの場から」では、柴田保之氏(國學院大學教授)が重い障害者のありのままの言葉を拾い集めている。
 町田市障がい者青年学級の活動を支援している場から生み出された障害者の真実を綴っている。
 次に引用する文章は40代半ばになる視覚障がい者が語った言葉だという。
 余りにも重い。
  
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【引用始め】

http://blog.zaq.ne.jp/yshibata1958/article/412/

2011年12月02日(金)
みんなのあかりコース 東日本大震災のとりくみ 11月20日その1

 町田市障がい者青年学級のみんなのあかりコースでは、3月の成果発表会に向けて、東日本大震災をテーマに取り組んでいくことにした。そこで、11月20日の活動では、この半年間に青年学級やとびたつ会のメンバーが折りにふれて書いてきた震災に関わる文章をみんなで読み合って、それぞれが作文を書くことになった。独力で原稿用紙に向かったかたももちろんいるが、パソコンによって作文を書いた人もいる。
 まず、この日、もっとも衝撃的だったSさんの文章を紹介する。Sさんは視覚障害があり、いつもガイドヘルパーさんといらっしゃる。まだパソコンに取り組んだことはなかったが、みんながパソコンに向かう様子をみて、ぜひSさんの気持もパソコンで聞いてみたいとおっしゃった。そこで、さっそく挑戦した。彼がさっと綴った文章は、以下の通りだ。

 【若くないけれど僕は地震の時にはとても感動したことがあります。唯一の希望という言葉が今日は語られましたが、僕もそのことばかり考えていたのでとても共感しました。僕も目が不自由なのでもし津波が来たら逃げられないと思いますが、何度も考えたのは母のことです。もし僕のために母が逃げ遅れたらどうしようということです。僕は母にはなるべく逃げてほしいです。私のために自分の人生を使い果たした母が僕のせいでなくなるのは耐えられませんが、まなざしを見ていると申し訳ないのですが、私を置いて逃げてほしいです。なぜなら僕が唯一母にできることはそれだけだからです。】

 Sさんのお母さんのことをよく知っているガイドヘルパーさんは、ひときわこのSさんの思いが心にしみわたったようだった。もう40代の半ばを過ぎたSさんのお母さんだから、ほんとうにご高齢で、文字通りSさんのためにその人生を捧げてこられてことだろう。そのお母さんに向けたあまりにも深い思いだった。

【引用終わり】

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 母親の人生をずっと見続けてきた、この目の不自由なSさん。
 苦労かけっぱなしだったということを、津波にあったら僕を置き去りにしても良いから逃げてという言葉になった。
 自分が母親に出来ることは、唯一これしかないというのだ。
 母親が逃げ遅れて亡くなるなんて耐えられないとまで言っている。
 今まで母親と二人三脚で生きてきたSさんにとって、突拍子もない考え方でないのだろう。母さんが津波で亡くなって、自分だけが生き残るなんてなったら生きている意味がないとの思いかもしれない。
 希望を考えていて、こうしたことに思い至る。このSさんの人生は私なんか想像だにできない苦悩だったに違いない。
 Sさんにとって生涯「明けない夜はない」なんて思いたくない。母とSさんの二人の歩みにいくつもの希望があったことだろう。母と子の切っても切れない絆がある。
 ただ、Sさんは高齢になった母がこれからどうなるか心配なはずだ。
 (ケー)

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 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から354日目(平成24年2月27日、月曜日)。
 また、大震災発生から354日目の新しい朝を迎えた。

 山形市内、早朝は小雪がちらつく。

 相も変わらず雪ネタになってしまうが、山形新聞 Yamagata News Onlineから3つの記事を引用する。
 雪の重みで家倒壊、除雪で山形県内死者数17人、またも大雪にという3つの報道である。
 雪国にとっては今日の雪はどうかから話が始まる。
 
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【引用始め】

http://yamagata-np.jp/news/201202/26/kj_2012022600951.php

雪の重み、倒壊相次ぐ 長井・空き店舗、山形・木造車庫
2012年02月26日 11:57

 25日午後0時25分ごろ、長井市栄町で、近くの不動産業海老名京子さん(68)が所有する木造2階建て空き店舗が雪の重みで倒壊した。大正時代の建物で、がれきが道路を覆い、現場周辺は一時、片側交互通行となった。けが人はなかった。

 長井署によると、空き店舗は1、2階とも崩れ、倒壊部分は計172.8平方メートル。雪の重みで屋根は中心部分から落ちた。当時、約1メートルの積雪があったという。大きな音で気付いた近所の女性が110番通報した。以前、履物を扱う店が入っていたが、2、3年前から空き店舗となっていた。

     ◇

 25日午前10時20分ごろ、山形市江南2丁目、無職長岡俊昭さん(63)方の自宅脇にある木造の車庫が、雪の重みで倒壊した。

 山形署によると車庫は約50平方メートル。トタンぶきの屋根の上に、多いところで約1メートルの積雪があった。長岡さんによると、車庫は築約30年で、当時、車は止めていなかった。

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http://yamagata-np.jp/news/201202/26/kj_2012022600966.php

除雪による県内死者数、過去最多の17人
2012年02月26日 22:20

 今冬の雪下ろしや除雪作業に伴う県内死者数が26日午前10時現在、県の集計で17人に上り、記録が残る1975(昭和50)年以降、過去最も多い死者を数えた昨冬(10年度)に並んだ。今後も降雪が予測されることから、県豪雪災害対策本部(本部長・吉村美栄子知事)は注意を促している。

 県危機管理課によると、24日夜に米沢市で男性が除雪機のローターに巻き込まれる死亡事故が発生し、今シーズンの死者が17人となった。今冬の除雪に伴う死亡事故を原因別にみると、雪下ろしに伴う転落が8人、屋根などからの落雪が4人、除雪時の転倒が1人など。除雪機に伴う死亡は24日の事故が初めてだった。既に過去最多となっている県内死傷者数は26日午後10時時点の288人。

 吉村知事は26日、「寒さは緩んできているが、今後も降雪が予測される。死傷者の約8割が雪下ろしや落雪によるもので、細心の注意を払い安全第一の作業をお願いしたい。関係機関と連携し、雪害対策に万全を期す」とコメントを発表した。

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http://yamagata-np.jp/news/201202/26/kj_2012022600945.php

道路真っ白、また冬景色 25日の県内、各地でまとまった降雪
2012年02月26日 09:15

 25日の県内は、本州南岸の低気圧の影響で全般に雪が降った。平地では、まとまった降雪が約1週間ぶりの所が多かった。

 この日は、各地で早朝から日中を中心に雪が降った。同日午後3時までの12時間降雪量は山形15センチ、酒田と尾花沢が7センチ、新庄と米沢12センチ、長井14センチ。山形と酒田は17日以来、他の地域も1週間から数日ぶりのまとまった降雪となった。

 25日午後6時現在の積雪量は、山形61センチ、酒田16センチ、新庄149センチ、尾花沢192センチ、米沢103センチ、長井100センチ、小国196センチ、大蔵村肘折341センチ、西川町大井沢250センチ。

 山形市内では午前を中心に時々強い降雪。前日まで黒かったアスファルトの道路は圧雪状態となり、真冬の光景に戻った。商店や自宅前で除雪する市民らの姿があった。

【引用終わり】

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 雪も解けず、雪増えるばかりの印象。
 例年今ごろは山形市内だとほとんど雪も消え、黒い土が顔出している。
 今年は道路も圧雪、庭の雪なんか山盛りで、庭木が埋まったまま。
 雪解けを待とう。いずれ雪は解ける。お天道様何とかしてくれる。待つしかない。
 「明けない夜はない」ことを信じて。
 (ケー)

ケーと話題がかぶってしまいますが・・・

最近、孤立死の報道が相次いでいます。
先月の札幌市の姉妹の孤立死もありました。

でも、今回のこの立川市の場合は札幌の場合と状況が違います

今回は、母子家庭ではあったにしろ生活が困窮していたわけではありません。

では、なぜこんな悲しい事が起きてしまったのか

行政も、今回の悲しい事故を防ぐことは難しかったと思います。

それは、この母親が子供の障がいを完全に受容しきっていなかったか・・・

または、受容してはいたが、気持ちがまだ前向きになる前の段階だったか・・・

子どもの年齢が4歳というあたりが、とても微妙な時期のような気がします。

このなんとも説明しにくい気持ちは、障がい児を産んでしまった

母親ではないと理解はできないのかもしれません。

この母親は誰かに追い込まれて孤立したわけではないと思います。

障がい児を産んででしまった母親は、子どもの障害告知を受けると

ほとんどの人は絶望のどん底に沈みます。

そして、そのどん底をしばらく這い回り

しばらくしてから子どもの障がいが受容できるようになります。

受容するまでの時間は、人によって違います。

子どもの障がいから目をそむけたままどんどん時間だけが過ぎてしまう人もいます。

障がいのある子を産んでしまった自分を責めてしまう事もあります。

子どもと一緒に死んでしまいたいと考える人も沢山います。

孤立に追い込まれるのではありません。

孤立からはじまるのです。

この母親は、障がい児向けのおむつの宅配サービスは受けていましたし

保育園の入園も考えて行動していましたので、障がいそのものの受容は

していたと思います。

ですが、せっかく入園が決まった保育園を辞退してしまったという事ですから、

まだまだ前向きに生きる気持ちにはなっていなかったのかもしれません。

子どもの障がいを受容して、同じような境遇の人や先輩のお母さんと会う機会があり

同じ悩みを共有できる仲間ができる事で、だんだんと前向きになることができます。

この母親は、まだそこまで行っていなかったのだと思います。

仲間を見つけに行こうと一歩を踏み出すことってとっても勇気がいることです。

その一歩が保育園だったのだと思うのですが、

その一歩を自ら閉ざしてしまった。

一歩を踏み出す勇気がまだなかったのではないでしょうか。

障がいのあるわが子を、障がいを理解してくれるか分からない他人の目から

守りたかったのかもしれません。

また、心無い人から「ほら、あの人があの障害児のお母さんよ」などと言われて

注目されるのが耐えられないと思ったのかもしれません。

※補足
頭では前に進まなくてはと思っていても
気持ちがついて行かない場合もあります。

くも膜下出血は避けられない事だっかかもしれません。

ですが、もし勇気をもって保育園に通園させていたら・・・

保育園で、子どもの良い支援者となってくれる保母さんや

同じ境遇の先輩お母さんたちと友達になっていたら・・・

こんなに悲しい結末にはならなかったのではなかったのかと思います。

孤立から脱出するのは、勇気を奮い立たせて踏み出す母親の一歩からでしかありません

今回の孤立死はプライバシーの壁とか言われていたりしますが

一番は母親の心の壁を取り除いてくれる何かが

必要だったのではないかと考えてしまいました

想像でしか言える事ではないですがね・・・(F)

※友人からメールが来ました。
・頭では理解しようとしていても、心の中では
 なぜ、どうして・・・と悩み、その間を行ったり来たりを繰り返し
 暗闇の中にある出口に背を向けているのも気が付かなくなって
 いるのかも・・・
 そんな時は、隣に誰がいても無理かも・・・

・言い方は悪いかもしれないが、開き直りとあきらめが必要だ

・彼女は彼女なりに頑張っていたのだと思うが、彼女がいないと
 ご飯も食べられない息子さん、もう少し何とかならなかったのかと
 思うと胸が苦しくなる








 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から353日目(平成24年2月26日、日曜日)。
 また、大震災発生から353日目の新しい朝を迎えた。

 昨日の土曜日は一日中雪降りだった。もう、雪はうんざり。
 昨日の外出は燃えるゴミ2個を朝がた集積所まで置いてきたときだけ。
 後はずっと家にこもりきり。体動かすのもおっくうになる。
 本日の朝も雪降り。雪降りが続く。

 msn.産経ニュース(2012.2.22 )では、母が急死した横で衰弱死した4歳児に関する続報を次のように報道している。

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【引用始め】

http://sankei.jp.msn.com/region/news/120222/tky12022222440024-n3.htm

また都会の孤独死 プライバシーの壁に阻まれ、幼い男児助けられず
2012.2.22 22:36

 都会の一角でまた、助けを求めることもできないまま「孤立死」した家族が見つかっていたことが22日、分かった。45歳の母親と知的障害を持つ4歳の次男とみられる。病気で急死したとされる母の横で、男児はなすすべもなく衰弱していったようだ。助けるチャンスはなかったのか。関係者の苦悩は深まる。

 オートロック、窓はシャッターで閉ざされ、外から部屋の様子はうかがえない。立川市のケースワーカーは1月中旬と下旬、2度にわたり女性宅を訪問したが、「プライバシーの壁」に阻まれ、“異変”には気づけなかった。

 「1回目に郵便受けにあふれていた郵便物が、2回目にはなくなっていた。長期の不在と判断してしまった」(市障害福祉課)。生活保護は受けず、保育園や幼稚園にも通わない。2人と行政の唯一のつながりだった障害児世帯向けの紙おむつの支給サービスも「都会の孤立死」を防ぐ手段にはつながらなかった。

 「虐待の疑いがあるならともかく、ケースワーカーに家庭に無理やり立ち入る権限はない。プライバシーに踏み込むのは難しい」と厚生労働省障害福祉課の担当者は行政の限界を示す。

 なぜ孤立を深めたのか。知的障害児を持つ親たちでつくる「全日本手をつなぐ育成会」の宮武秀信事務局長(63)は「障害児というレッテルを貼られることへの抵抗感や、子供に対する自責の念を抱き、自分の子供を障害児と周囲に伝えられない親は多い」と話す。

 障害者支援施設への短期入所、児童ヘルパーなど、障害児を持つ保護者への行政のサポートは拡充されつつあるが、「気後れもあり、サービスを受けたくないという人もいる」。マンションの住民も、男児に障害があることを知る人はほとんどいなかったという。近隣住民との関係の希薄さも漂う。

 こうした孤立は、障害児を持つ家庭に限った問題ではない。日本福祉大学健康社会研究センターの鈴木佳代主任研究員(社会階層論)は「小さな子供を抱える母子家庭や老老介護の世帯など、一人が一人を支える世帯であっても『他人の手は借りられない』と追いこまれて生きている人は多く、孤立の危険性は高い」と指摘する。

 75歳以上の要介護者のいる世帯のうち、75歳以上が介護する割合は平成22年に25・5%に及んだ。未成年の子供がいる母子家庭も元年は55万4千世帯だったのが、22年には70万8千世帯となり増加傾向にある。

 鈴木主任研究員は「難しい問題だが、地域とのつながりが大切だ。行政はプライバシー保護と孤立を混同させてはいけない。ある程度の働きかけがあってもよいはず。こうした人たちを社会につなぎ止めておくための機会を提示することも行政の仕事だ」と話す。

 警視庁立川署によると、2人の遺体は今月13日午後1時半ごろ、東京都立川市のマンションで発見された。部屋のガスが長期間にわたって使われていなかったため、マンション管理会社から連絡を受けた親族が同署に相談。署員らと、3階建てマンション1階の室内に鍵を開けて入ると、部屋の床に母親が倒れ、そばのソファにやせ細った男児が横たわっていた。

 司法解剖などの結果、2人は死後1〜2カ月で、母親の死因はくも膜下出血の疑いがあることが判明。男児の死因は特定できなかったが、体重はわずか9キロ。胃の中は空で、脱水状態だった。着けていた紙おむつは汚物で汚れていた。

 同署は、1人で食事もできなかった男児が1週間から10日ほど飲食せず、衰弱死したとみて調べている。

 発見時、ガス、水道、電気などは止まっておらず、暖房はつけっぱなしで、冷蔵庫には野菜や飲み水も入っていたという。

 部屋は1LDKで、平成22年4月から母親と男児が2人きりで住んでいたとみられる。関係者によると、家賃は月額約10万円。生活保護は受けていなかった。

 立川市によると、市の委託を受けた業者が月に1回、男児の紙おむつを届けており、昨年12月上旬にもおむつを母親に渡したが、1月中旬に訪問した際は応答がなかった。連絡を受けた市の担当者は同月下旬、ケースワーカーを派遣したが、マンション玄関がオートロック式で立ち入れなかったという。

【引用終わり】

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 母親と障がい幼児の死。予兆を察知できなかったのか。母親自身が自らを閉じこめてしまうとこうした悲劇につながってしまう。
 ただ、母親が閉じこもるにはそれなりのヒストリーがあったに違いない。追い込まれていったヒストリーはどういうものであったか。誰ともつながることなく、一人母親だけが障がいのある子を背負い込んでしまった。
 父親の姿がさっぱり見えない。
 この母親には「明けない夜はない」と前向きになれず亡くなっていった。
 そして、子どもはなすすべないまま母にすがりついて亡くなっていったに違いない。
 (ケー)

今日の山形新聞に12年度の県予算のポイント
という事で特別支援教育の記事が載っていました。

県立村山特別支援学校楯岡校は
開校初年度の数字に比べて、毎年
2倍から3倍というペースで児童生徒数が増加している
ということです。

これは、この学校に限った事ではなく
全国的に増加している現象です
(手をつなぐにも載っていましたよね)

村特楯岡校では、開校当時21人だった児童生徒は
11年度には82人になり、
県教育委員会が当初想定していた人数50人を上回っています

同校は10年度には4教室を増築しましたが
12年度の予算にはさらに教室の増築の費用を計上しているそうです

県内でもここ数年は、特別支援学校や
小中学校の特別支援教室に在籍する児童生徒は
増え続けているそうです

これは、特別支援教育への理解が進み
適切な教育を受けさせたいという保護者が増えたことが
要因であるとされています

それに伴い、特別支援学校が持つ
センター機能の重要性がアップし
小中学校からの相談件数も増えているようですが
相談に応じる教員も、自分の学校で児童生徒を受け持っており
支援要請にタイムリーに応じられない事がでているようです

そこで、県は12年度、特別支援学校3校に
教員を1人ずづ多く配置し
小中学校からの相談に応じやすい環境をつくり
県内の3市町村と連携し、
就学前の早い段階から、特別支援が必要な子どもに
適切なサポートをするためのモデル事業を展開するようです。

また、特別支援学校の高等部で一般就労を希望する生徒が
増えている事を受け、就職を専門にサポートする
就労活動補助員を置くなど、
多方面から特別支援教育に力を入れていくということです。

確かに村山特別支援学校は本校も楯岡校も、
児童生徒数がどんどん増え、
子どもがクールダウンするスペースも取れなくなっている
という話しは聞いていました。

特別支援学校PTA連合会の知的部会でも
毎年のように出てくる話題でした。

このモデル事業が上手く行き、特別な支援が必要な
児童生徒が適切なサポートを受けられるようになって
くれるといいですね。(F)
 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から352日目(平成24年2月25日、土曜日)。
 また、大震災発生から352日目の新しい朝を迎えた。

 山形市内、早朝より雪。天気予報どおりになった。もう雪いらない。また積もりそうな雪になっているから困る。いい加減にしてくれと天に言っても、なるようにしかならないのが天然自然。地震だって、津波だって、そうだ。
 そうした自然災害がいつかくることはわかっていたのだから、それにどう備えていたか。想定外という言い訳は通用させてはならないと今回の大震災でつくづく身にしみた。
 雪に対する備えだってしっかりすべきなのは当然。でも、豪雪の年になると大慌て。今年も除雪がうまくいかないし、雪下ろし事故など多発している。

 想定外を想定する必要性について訴える意見を次に引用する。
 msn.産経ニュースに福地茂雄氏が掲載(2012.2.22)したものである。
      
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【引用始め】

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/120222/biz12022203120000-n1.htm

福地茂雄 「想定外」を「想定内」に
2012.2.22 03:12

 □アサヒグループホールディングス相談役(前NHK会長)

 昨年、世相を表す「今年の漢字」に選ばれたのは「絆」だが、「想定外」の言葉もよく使われた。以前、「想定内」という言葉もはやったことがあるが、昨年の「想定外」は社会に与える影響が極めて大きかった。東日本大震災とそれに伴う福島第1原子力発電所の事故が、「想定外」だったからである。

 「想定内」は経験則により成り立つものだ。定量的には過去の実績に照らし、例えば昨年が95、今年が100ならば、来年は105というように、経験則で積み上げて線を引ける。定性的には、成功体験や失敗体験に基づく。そして、この経験則に当てはまらないのが、「想定外」だといわれる。しかし、今の時代は経験則が当てはまらないことを、私たちは前提として認識しなくてはならないのではないか。経験則だけが「想定内」であるならば、今は、あらゆる事象が「想定外」になってしまう。

 上場企業の株主総会で、社長は質問に対して「想定外だった」と回答できない。株主から「では、あなた、社長を辞めてください」と言われるのがオチだからである。全ては不可能であるにせよ、いかに多くの「想定外」を想定内に取り込めるか、予測、予見、仮説などの先を見通す力を持つかが、これまで以上に政治や企業経営に求められている。

 昨年の大震災を機に、万が一、電力供給が途絶えた場合にNHKがどのような対策をしているのか、反芻(はんすう)してみた。NHKは東京・渋谷に放送センターがあるが、5台の自家発電機の設置場所を確認したところ、屋上に1台、1階に3台、地下に1台設置されていた。全ての自家発電機が同じフロアにあるのを回避しているわけだ。正解である。

 先日、局舎を建て替え中の甲府放送局に行った際にも、自家発電機の設置場所を確認してみた。以前の局舎では1階に設置していた自家発電機を、新局舎では最上階に設置していた。さまざまなリスクを想定し、最上階に移したということだった。また、渋谷の放送センターには、発電機を積んだトラックと送信設備のある車が1台は必ず外に出ているから、万一、社屋が潰れても安心だ。

 地震への備えという点では、東海・東南海・南海の大地震が同時に発生することも想定しなくてはならない。従来は大阪放送局が東京の代替機能を持っていたが、NHKは現在の松本正之会長のもとで3つ目の拠点を福岡放送局に準備し、リスクを低減している。

 もちろん、ただ想定するだけではなく、その通りに行動できるかどうかも大事である。仙台にあるアサヒビールの東北統括本部の担当者は、以前、本社で東海地震への対応などの危機管理を担当していた。そして、今回の震災時にも冷静に、想定通りに行動し、管内の社員の安否などを早期に確認できた。

 「想定外」を想定することは、未経験のことを想定することである。危機管理の問題だけではなく、前例のないことに挑むという、ポジティブな見方もしていくべきだろう。「想定外」を想定する仕事は根気が要るが、誰かがどこかで考えなくてはならない。それを怠ったとき、代償は計り知れないということを、私たちは肝に銘じなければならない。

(ふくち しげお)

【引用終わり】

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 昨年3月大地震が起きた。今冬は豪雪になった。災害がくり返される。
 でも、被害を少なくする努力は続ける。悲劇をできるだけ減らすためである。
 今までの経験則で太刀打ちできないことも起きる。それにも対処できる知恵を働かせる。何かがダメになったら次こうするといったバックアップ機能を持たせるのが基本となる。最低限、停電になったらどうするか、各家庭で想定しておく必要がある。電池の準備、ろうそく、マッチぐらいないと。今の家庭ではそれすらなくなっている。
 大災害に遭遇しても、「明けない夜はない」と前向きになるためにも。
 (ケー)

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