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 以下のセミナーを受講して、本人が望む普通の生活を実現する制度(第27回目)について、第26回目に続いて述べる。

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○ 11月17日(水)「(2010年度)第12回権利擁護セミナー」
○ 会場=日本財団(東京都港区赤坂)
○ テーマ=「これからの成年後見と虐待防止〜知的障害のある人の権利をまもる〜」
○ 主催=社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会
○ 第1部 基調講演 11/17水曜日、10時〜10時50分
○ 基調講演講師 細川瑞子氏(全日本手をつなぐ育成会・権利擁護委員・中央相談室長)
○ 基調講演テーマ「身上監護の福祉システム化をめざして〜本人の『生きる』を支援するために〜」

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【講演内容】

支援付き意思決定の過度の主張

 細川氏は、「社会的弱者の立場にある知的障害者を守るためにも、成年後見制度の問題点を改善することが重要で、制度自体を壊すような議論に与しない」として、次のように述べる。

1 「そもそも判断能力があっても、私たちの自己決定とは、さまざまな情報に誘導されており、最終的に自己の望むものとかけ離れて行く場合も少なくない。」
 
2 「おそらくほとんどの消費者被害とは、強迫された結果ではなく、外見上は自己決定によるものなのである。」

3 「支援付き意思決定の過度の主張は、判断能力の不十分な人たちが多くの消費者被害にあっている現実に目をつぶることにもつながる。」

4 「そもそも現代社会は、『自由な働き方ができる(=働き方の自己決定)』として導入された労働者派遣法が、多くの人から正規雇用を奪い、働いても生活が成り立たないという。」

5 「新しい貧困層を創り出したような社会なのである。」

6 「判断能力の不十分な人というのは、このような社会で生きざるを得ない弱者である。」

7 「知的障害者にとって、権利擁護を担ってくれる後見人を身近に持つことは、重要な権利なのである。」

8 「自分は自己決定できるから誰でもできるはず、あるいはしなければならない、と部外者がアレコレいうことは不見識であろう。」

9 「同じ障害者の仲間として、ぜひとも良識ある判断と発言をお願いしたい。」

10 「確かに、成年後見制度自体に問題がいろいろあることも事実である。」

11 「しかしながら、問題点は改善すればよいのであって、制度自体を壊すという結論を導くことは暴論である。」

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 以上、現状において、自己決定することが本人に過度の負担をかけ、不利な立場におきかねない。
 そんな場合のためにも、成年後見制度が速やかに適用されることが望まれる。
 本人にとって、権利擁護を担う後見人こそ求められている。
   
 (ケー)
 
 (第28回目に続く)
 以下のセミナーを受講して、本人が望む普通の生活を実現する制度(第26回目)について、第25回目に続いて述べる。

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○ 11月17日(水)「(2010年度)第12回権利擁護セミナー」
○ 会場=日本財団(東京都港区赤坂)
○ テーマ=「これからの成年後見と虐待防止〜知的障害のある人の権利をまもる〜」
○ 主催=社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会
○ 第1部 基調講演 11/17水曜日、10時〜10時50分
○ 基調講演講師 細川瑞子氏(全日本手をつなぐ育成会・権利擁護委員・中央相談室長)
○ 基調講演テーマ「身上監護の福祉システム化をめざして〜本人の『生きる』を支援するために〜」

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【講演内容】

危なっかしい自己決定では本人の権利擁護につながらない

 細川氏は、「自己決定を絶対視する人たちは、あまりにも独善的すぎる議論を展開している」として、次のように述べる。

1 「もし代理による決定は悪であり、支援付き意思決定でなければ、という主張をもし貫くならば、虐待された乳幼児や認知症高齢者等を含め、自己主張できない人の保護や施策は、どうすれば実現するのであろうか。」
 
2 「自己決定を絶対視する人たちが、成年後見制度が権利条約に違反すると口を出すことは、自分たちに必要ないものは他者にも必要ないと、自分の考えを他者にも押し付けるものである。」

3 「確かに知的障害者でも軽度の人はかなり自己決定できるかに見えるが、その範囲とは、おそらく軽易な行為、つまり日常生活に関する行為(民法第9条但書等)が中心であろう。」

4 「民法13条1項に列記されている重要法律行為を再確認して欲しい。」

5 「これらの重要行為が自分にとって有利か不利かという判断を、支援があれば知的障害者が意思決定できると思うのであろうか。」

6 「その場合の支援された意思決定とは、単に支援者の誘導に乗るだけではないのか。」

7 「健常者であっても、選択が誘導されて自己決定させられて被害に遭う例は枚挙にいとまがない。」

8 「『支援付き意思決定』によって得られた『本人の意思決定の質』、あるいは本人への『意思決定支援の質』は担保されているのであろうか、逆に疑問を呈したい。」

9 「そのような危なっかしい自己決定を迫られて、後は自己責任と放って置かれるよりも、おそらく多くの知的障害者は、本人の意見が尊重され、多くの関係者が集まって後見計画を練り上げてくれ、後見人が代行決定した後も、地域で見守ってくれることを喜んでくれるのではないだろうか。」

10 「そして、それこそが彼らを心配している親や関係者、そして社会も望んでいることであろう。」

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 以上は、知的障害者の特性からみて、身上監護といった条件をきちんと満たす成年後見制度でなければ、障害者権利条約を順守するものにならないとする主張である。
 三障害一体とする考えだけにこだわり、知的障害者特有の問題を犠牲するような考え方を優先するようでは、本末転倒。
 障害種別によって、対応が異なる面も当然あっていい。
 今まではそれが当たり前だった。
 三障害一体になったからといって、全て同じ対応でなければならないといったやり方こそ行き過ぎである。
 障害種別ごと主張が異なり、制度上あまりに対応が複雑にならざるを得なかったという反省が生じて、三障害一体となったという考えは納得できる。
 しかし、障害特性がそもそも異なるのだから、それにあった制度の確立が必要な時は、それに対応してゆくという是々非々でやっていくべきである。
 現実的に障害者本人がいかにすれば最善の利益になるかを常に考えてゆくやり方こそ必要なのだ。
 (ケー)
 
 (第27回目に続く)

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