FC2ブログ

Photo Gallery

 知的障害のある子のいる親たちにとって、「親なき後」は切実である。
 それに関して考察した以下の論文を紹介していく。
 第1回目は目次である。
 「親なき後」問題に関する実態を明らかにする。
 そのためには、成年後見制度を活用することについて述べている。
  


【引用はじめ】
kitatani.pdf

知的障害者の立命館法政論集 第11号(2013年)
立命館法政論集 第11号(2013年)
知的障害者の「親なき後」への成年後見制度の活用
北谷優輔 (法学専攻 リーガル・スペシャリスト・コース)
立命館法政論集 第11号(2013年)

はじめに
第1章「親なき後」問題の実態
1.「親なき後」問題の現状 (1)現状 (2)不安の原因
2.成年後見の必要性
第2章 成年後見制度の活用と問題点
1.契約制度の出現と成年後見制度への期待
2.一般の成年後見と「親なき後」の成年後見の違い
第3章 成年後見の長期化への対応
1.成年後見人の引継と法人後見の必要性
2.成年後見人の交代 (1)成年後見人等の選任・辞任制度の枠組み (2)実務 (3)「親なき後」問題における成年後見人の交代 (4)法人後見の可能性
第4章 身上監護への対応
1.社会的サポートの現実
2.医療の実態 (1)医療同意権の問題点 (2)親と医療同意権 (3)成年後見と医療同意権 (4)医療同意権の有無をめぐる学説の到達点
3.安心のための「後見プラン」 (1)「後見プラン」とは (2)「親なき後」の成年後見の形
第5章 資力,報酬問題への対応
1.資力問題への対応 (1)資産を保有している場合 (2)資産を保有していない場合 (3)パーソナル・トラスト
2.報酬問題への対応 (1)現行制度の概要 (2)報酬助成
おわりに



【引用おわり】

 上記の通り、本論文を目次で概観した。
 「親なき後」問題には役立つ論文である。
 紹介はいつもの通り長丁場になりそうだが、お付き合い願いたい。  
                     
(ケー)
 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から310日目(平成24年1月14日、土曜日)。
 また、大震災発生から310日目の新しい朝を迎えた。

 さて、第51回手をつなぐ育成会東北ブロック大会「本人大会=第4分科会」(平成23年10月16日)を開催。知的障がい者本人たちによる協議を実施した。
 そこで、被災した施設の支援が迅速になされるためにも施設間ネットワークを常日ごろから構築しておくことが有効であるとの助言があった。
    
************************************************

【引用始め】

第51回手をつなぐ育成会東北ブロック大会・(併催)第23回山形県知的しょうがい者福祉大会(平成23年10月15日〜16日、山形国際ホテル)
大会スローガン「東北はひとつ、みんなでの力で東日本大震災をのりこえよう」
本人大会=第4分科会(平成23年10月16日) 【その9=最終回】 「本人活動と防災学習」(災害に備えた本人活動)
協議

 施設間ネットワークの構築

【司会者】 ありがとうございました。ではもうひとかた助言者の方にお願いします。

【助言者】 私達の法人は岩手県田野畑村にあります。うちの法人で水産加工の下請け作業をやっているんです。そこの工場が津波によって流された。その水産加工の収入は大きいものです。それが一気になくなったので今後どうしていけばいいかなという感じです。今も何とかかんとか考えて、ボランティアの方とかと一緒に頑張っています。
 今回の災害が起きて、私もここまで大きいものが来るとは思わなかったです。周りの方もそうだったと思うんです。いつ災害が起きるかというのは分からない。これが最後ではないので、次また来るかもしれない。そうした可能性が高いので、常日頃大なり小なり何か起きるんだよということを、各自が心構えを持って過ごしていってくれればいいなと思います。
 地域とか施設に合った避難訓練とかは大事だと思う。ただの訓練だとは思わないで真剣にやるのが大事です。私自身、反省も含めてやらなきゃなと思いました。災害が起きる前に地域の隣の家との交流、挨拶程度でもいいんですが、そういったつながりを持っているといざとなった時に、助け合いというのが迅速に行われます。
 私の家の近くにも足の不自由な方とかいまして、その人と交流があったもので、すぐ行って「大丈夫ですか?何が必要ですか?」と声を掛け合ったりしたのです。そういうつながりは常日頃持った方がいいと思います。
 今回の震災で、岩手県の沿岸の福祉施設はほとんど何かかにかで被災はしてます。協力するにもこっちも大変だし向こうも大変だしどうしようかな、と悩んでいたんです。
 盛岡市の障がい者110番の相談員に連絡が取れました。沿岸部にある三陸鉄道を使って皆さん作業所に通っているんです。その三陸鉄道が無くなってしまった。通う手段がその一つしかなかったもので、これからどうやってみんなと働いていこうという悩みを相談しました。その方から愛知県の社会福祉法人の方に連絡を取って頂いて、車を貸してくれることになった。連絡してもらってから、すぐ車を置いていってもらった。それで私達は今もその車をお借りして仕事とかをしているんです。その車を置いていっただけじゃなくて、また何度か足を運んで頂いた。次どんな支援をというふうに考えてくれて、愛知県の方から今度は北海道当別町の施設の方とも関係を持つことができた。さらには富山県の方、そして全国的にネットワークが広がって、支援して頂いているです。施設間同士、何かあった時でも大丈夫だよというつながりを持っていければいいんじゃないかなと思います。
 私達が、今回こういう状況ですけども、またないことを望みますけども、何か西の方で被害があった場合は、私達がそっちに行けるような体制を作って、すぐに行けるとかといったような、常日頃からそういった施設間のつながり、情報の交換とかをやっていくのは大事だなと感じました。
 ぜひ皆さんもそういったふうにやっていって頂ければと思いました。

【司会者】 ご助言ありがとうございました。それでは二人の方から発言の申し出がありましたのでその方にご発言を頂きます。よろしくお願いします。

【話題提供者】 私は福島県郡山市に住んでいます。郡山市で9月の末に台風で大雨が降って床上浸水がありました。下宿が床上浸水になって私も一時期避難することにしました。それで避難している間に怖い思いをした。その水害があった当日なんですが、私と一緒に住んでいる高校生が普段はそんなに交流を持ったりはしないんですけど、その時は私の部屋にすぐ助けに来てくれて、私の部屋の畳を上げてくれました。それで私は怖くて怖くてただうろうろしているだけで何にも出来なかったんです。大家さんに危ないから下にいる人上に来てと言われて、上に行ってしばらくしたら私達の本人部会であるスタートラインの支援者から、「大丈夫かい?」という電話が来て私は、「大変なことになっちゃった、家が床上浸水になっちゃった」と言ったら、「あらららら」と言われて、それで支援者のところに避難することになりました。
 その前にビッグパレットっていう去年の全国大会でやったところがあるんです。そこに一晩だけ大家さんに連れていってもらって私と友達と避難したんです。一般の人が多くてとても寝れる状態じゃなかった。一晩中私は一人で起きて、次の日にスタートラインの支援者の方と、私の支援をしてくれる相談員さんと2人で来てくれて、一緒に「どうする?」という話をしたら、「じゃあ私のところで避難するところがあるから、そこに一緒に避難しよう」と言われました。
 それでスタートラインの支援者の方と4日間一緒に生活しました。後に、郡山市の施設2カ所に避難して、合計で8日間か9日間くらいは私は避難したんです。地震も怖いけど、水害もとても怖い思いをしました。それで地震で亡くなった人の気持ちが初めてこんなに冷たい、苦しい思いをして亡くなったんだから、自分も亡くなった人の分も一生懸命頑張ろうと思いました。以上です。

【司会者】 ありがとうございました。最後にどうぞお願いします。

【発言者】 ありがとうございます。
 11月5日の全国大会での本人部会の震災に関するところに向けて、全国の皆さんの仲間に役に立つような情報とか、取り組みの例があれば私がこの辺にいますので、終わった後で少し教えて頂ければと思います。先ほどお伺いした話の中ですと、実際に例えば山形の方が被災の仙台の方に行かれた。そうやって実際に被災したところを見てみるというのが一つ大事なことと学ばせて頂きました。また、分かりやすい形での災害にする情報とかそういうものでいい例があれば是非教えて頂きたいと思います。
 先ほどの権利条約の例も紹介させて頂きましたけれども、ピープルファーストの方が入っている内閣府の障害者制度改革推進会議、私たちが中心になって推進会議が出した第一次意見、第二次意見の分かりやすいのも作りました。今は一緒に7月に開催された障害者基本法の分かりやすいものも一緒に作っています。その中には基本法の中で今度は新しく、防災に関するところが入りましたのでそういうものも一緒にやっているんですけれども、そういうわかりやすい情報の伝え方で参考になるものがあれば是非教えて頂きたいと思います。
 終わった後でお声を掛けて頂ければ幸いです。ありがとうございます。

【司会者】 助言者の方と話題提供の方にもう一度盛大な拍手をお願いいたします。
 これで第4分科会を終了いたします。本日は多くの方々にご参加頂き、ありがとうございました。
  
 【引用終わり】

************************************************

 地域における連携、施設間連携の重要性が指摘された。それも全国ネットワークの構築である。被災地を支援するには、非被災地からの支援が必要である。こうした強いつながりによって、被災者は「明けない夜はない」と前向きになれる。
 (ケー)


 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から309日目(平成24年1月13日、金曜日)。
 また、大震災発生から309日目の新しい朝を迎えた。

 さて、第51回手をつなぐ育成会東北ブロック大会「本人大会=第4分科会」(平成23年10月16日)を開催。知的障がい者本人たちによる協議を実施した。
 そこで、災害ではどんな危険が予想されるか地域を実際歩いて防災マップを作成し、自主防災に努める必要があるとの助言があった。
    
************************************************

【引用始め】

第51回手をつなぐ育成会東北ブロック大会・(併催)第23回山形県知的しょうがい者福祉大会(平成23年10月15日〜16日、山形国際ホテル)
大会スローガン「東北はひとつ、みんなでの力で東日本大震災をのりこえよう」
本人大会=第4分科会(平成23年10月16日) 【その8】 「本人活動と防災学習」(災害に備えた本人活動)
協議

 安全に避難できる自分達専用の防災マップつくり

【司会者】 皆さん、意見質問いっぱい出して頂きましてありがとうございます。
 それでは今まで発表頂いたこと、会場からご発言があったことなどを踏まえて、ご助言を頂きます。よろしくお願いします。

【助言者】 皆さんこんにちは。
 先ほど山形県の方が仙台の荒浜という被災地を訪問した話をしてくれました。私も同行させてもらいました。
 その時の状況をもう一言・二言付け加えさせて頂きます。今まで海岸の風を止めるための防砂林、防潮林がありました。それが今回の津波で全部なくなってしまった。
 名取に行きましたが、そこの小学校が避難所になっていましたが、こちらの方は建物の2階の部分まで水に浸かってしまった。犠牲になられた方も出ました。
 仙台の状況はそんな形でまだまだこれから時間もかかる。僕達の被災地調査では、10年は元の形には戻らないだろうと予想してます。
 阪神淡路大震災では、5〜6年の歳月がかかりました。今回はそれ以上もしくは倍以上の年月がかかるのではないかと思っています。
 未だに宮城県内には水もでない場所もあります。信号機もまだ点いていないという場所もあります。そういう細かいのところを一つ一つ拾っていけばきりがないんです。これには皆さんのお力で復興という形の協力をお願い出来ればと思っております。
 山形県には福島から原子力事故により、現在1万3千人避難されています。当初から比べますと一時は減ったんですが、その後、福島、郡山という都市圏から避難された方が多くおられまして今逆に増えている。
 今回の震災は予想以上のもの、それにどういうふうに対処していこうかと私達も日々対処しているところでございます。
 災害は、津波、地震、台風災害、大雨による豪雨水害というのがありますね。皆さん今回地震で色々な怖い思いをしたと思います。水害の場合も怖いです。皆さんの足のひざ以下20センチくらいまでになりますと、歩けなくなります。水のところに色々なものが流れ込んできたり、マンホールであったら上からマンホールが見えませんので、そういうところに落ちてしまったりとか、側溝に落ちてしまう。普段では何気なく感じていないところで災害というものは起こります。そういうのも皆さん承知して頂ければと思っています。

 災害にあったらどうしようか。
 まず自分の身を守ってください。自分の身を守ることが一番の災害に対する安全な方法です。自力で自分の身を守れないという時はお友達、家族、友人などを含めた周りの方からサポートして頂く。これによってケガをするかもしれないが、命を守ることができる。
 今回実際に津波にあわれた方の話です。山の上の少し小高いところに住んでいる方が、まさかこんなところに来ることはないだろうと思っていて、被災されたという例です。反対に、海岸部にいた方はいち早く避難されたんです。
 いつどこでどういう災害が起きても、自分の身を守るにはどうしたらいいかを日頃から考えておくことです。
 自分の身を守るには日頃から皆さんが隣近所の方、町内会という組織の中で「向こう三軒両隣」というつながりを大事にすることです。隣近所の人たちと常日頃から協力して頂ければ、災害の時に手助けになってくれるんです。障がい者の方もそういう皆さんと手をつないで災害に考えて頂ければなと思ってます。
 皆さんが住んでいるお家の中でも災害というのは起こりますよね。地震の場合ですと、タンスが倒れてくる、テレビが飛んでくる、ここにもありますけど上の方からシャンデリアが落ちてくる。こういうものがいつどういうふうな形で落ちてくるかも分かりません。ですから家の中の建物に関しては、注意を払って転倒防止のため、固定をして倒れないようにしておく。これは減災という、要するに災害を少なくしようという取り組みを普段からしておくことです。
 災害があった場合、どこへ逃げようか。その時に自分はどこへ逃げたらいいだろうかを日頃から調べておく。自分の住んでいる町を歩いて、ここが危険、あそこが危険、私達はこういうところで大丈夫だろうかという疑問を持って自分達の防災マップを作る。町の中を歩いて頂くと自ずと場所が分かるんです。
 この中でそういう活動をされた方おりますか?ございますね、北海道の方。これは施設の方にもお願いしたいんですが、そのもの自体ではなくて施設の周り、建物の中、これを日頃から注意して「では皆さんでどうしたらいいだろうか」ということを話し合って頂けると、これが自主防災という形でつながっていくんです。そしていざ災害になった時に、それが役立つのではないだろうかと思っております。
 司会者の方は、どうですか?そういうことをお考えなさってますか?

【司会者】 防災してないですけど、交通事故に遭わないように、ここが危ないよというマップは作りましたけども、このような大規模な災害とかはまだ作っておりません。これから作りたいと思います。

【助言者】 育成会の関係の方々にそういうことを考えて頂く。日頃から障害をお持ちのご本人の方々にそういう認識をして頂ければ、実際被害にあった時に自分達が動ける。周りの人が手を差し伸べるのではなく自分達がまず動けるということが出来るのではないかなと思ってます。
 皆さんがそれぞれ毎日毎日そういうことも頭に入れてやって頂ければいいと思います。
  
 【引用終わり】

************************************************

 災害に際しては、自らを自らで守ることが重要である。それには、常日ごろの備えが必要だ。地域のつながりを大事にする。地域にあった防災マップをつくる。自主防災活動が機能するようにする。
 こうしたことがなされていれば、いざとなっても「明けない夜はない」と行動できる。
 (ケー)

 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から308日目(平成24年1月12日、木曜日)。
 また、大震災発生から308日目の新しい朝を迎えた。

 さて、第51回手をつなぐ育成会東北ブロック大会「本人大会=第4分科会」(平成23年10月16日)を開催。知的障がい者本人たちによる協議を実施した。
 そこで、災害に備えた勉強会をどのようにするか真剣な話し合いが続いた。
    
************************************************

【引用始め】

第51回手をつなぐ育成会東北ブロック大会・(併催)第23回山形県知的しょうがい者福祉大会(平成23年10月15日〜16日、山形国際ホテル)
大会スローガン「東北はひとつ、みんなでの力で東日本大震災をのりこえよう」
本人大会=第4分科会(平成23年10月16日) 【その7】 「本人活動と防災学習」(災害に備えた本人活動)
協議

 被災地の復興に要する時間そして大震災に対する記憶の風化の問題

【司会者】ありがとうございました。次の方、お待たせしました。

【発言者】 レインボー青森八戸支部会長をしております。福島の方にちょっと質問があるんですけど、災害に備えた本人活動ということで、災害に対しての勉強会というのはやっているんでしょうか?それを知りたいのでよろしくお願いします。以上です。

【話題提供者】 災害についての勉強会はうちの方では全然やっていないです。申し訳ないです。

【司会者】 他の方どうですか?

【発言者】 私達は3.11のあと、4月になって、本人活動のメンバーとその知り合いの方に来てもらって放射能の勉強はしたんですけど、私達には難しくて全然分かりませんでした。以上です。

【司会者】 ありがとうございました。他の県の方は?

【発言者】 山形県からきました。山形県では委員会を作って勉強をしたんですけども誰かこの前宮城県に行ったお話を紹介して頂けませんか?

【発言者】 山形から来ました。仙台市荒浜に行ってきました。津波によって、家の1階が何も無くなってたり、畑みたいなところに船があったりとかしてちょっとめちゃくちゃになっていました。以上です。

【司会者】 ありがとうございます。もう一人の方お願いします。

【発言者】 山形県鶴岡市から来ました。7月28日に「本人たちによる防災会議」で被災地の方を訪問してきました。それをみて、いかに怖い大きな地震だったのかを思い知らされました。
 宮城県に行き地震と津波によって電線は切れて、電信柱も根っこから折れ、ガードレールや車、家や港にあるはずの船までも押し流されていました。電気も切れて何も情報がなくどれだけ不安だったのかすごく分かりました。テレビで報道されていたんですけど、実際に見た方が無残でひどい感じがしました。改めて避難出来る場所とか避難ルートをどうすればいいのかとかを考えさせられました。
 私達山形の方はあまり被害はなかったんです。現場に実際行ってみて逆に勉強になりました。ありがとうございました。

【司会者】 ありがとうございました。

【発言者】 山形県から来ました。去る7月28日の木曜日に宮城県方面の被災地に視察に行きました。宮城県の名取市から仙台市若林区の方までバスで被災地の方に行ったんです。道路が隆起していたり、津波で家が流されて跡形もなくなっていました。それを見て衝撃的な出来事だったと思いました。
 私が一番恐れているのは、東日本大震災が年月の経過と共に風化されてしまうということです。大体3年くらいで復興は進められているのか。
 そうなると、風化されることを非常に恐れています。どうでしょうか?
 要約しますと、復興までどのくらいかかるのか。風化されたら困るからそれを防ぐにはどういう対策をとるかということ。その2点についてお聞きしたいんです。

【司会者】 じゃあお願いします。

【発言者】 私が知る範囲では復興にはどのくらいかかるかというのは、テレビでも報道はされているんですが、目途が立たない地域とかもいっぱいあります。そこは市とか県の方に完全に任せるしかないような状態です。
 風化とかについても、住民とかも、移動とかなんだかんだで戻るという決意の人はいても、どのくらいという目途も立たないような状態です。
 テレビ報道されている限りでも把握出来ていない状況です。
 
 【引用終わり】

************************************************

 東日本大震災の発生から10か月。被災地も厳冬の中復興の槌音が少しずつ聞こえてくる。まだまだの所が多く残っているとはいえ、一歩ずつだが前進している。「明けない夜はない」と実感できるところまできている地域が多いはずだ。冬が過ぎれば春がくる。
 (ケー)


  
 平成23年(2011年)3月11日(金)14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)から307日目(平成24年1月11日、水曜日)。
 また、大震災発生から307日目の新しい朝を迎えた。

 さて、第51回手をつなぐ育成会東北ブロック大会「本人大会=第4分科会」(平成23年10月16日)を開催。知的障がい者本人たちによる協議を実施した。
 そこで、緊急時安否確認には携帯電話をもっと活用できるようにしてもらいたいといった要望が出された。
    
************************************************

【引用始め】

第51回手をつなぐ育成会東北ブロック大会・(併催)第23回山形県知的しょうがい者福祉大会(平成23年10月15日〜16日、山形国際ホテル)
大会スローガン「東北はひとつ、みんなでの力で東日本大震災をのりこえよう」
本人大会=第4分科会(平成23年10月16日) 【その6】 「本人活動と防災学習」(災害に備えた本人活動)
協議

 緊急時の安否確認ができる体制づくりが必要

【司会者】ありがとうございました。
 先ほど電気さえあればなんとかなるとありました。ライフラインの電気、水道、ガス、燃料、食料といろんなことが欠けました。
 山形県でも停電とかありました。
 そんな中で、こんなことやっていたおかげで、助かったということがあればおっしゃっていただくと助かりますけども。

【発言者】 山形県から来ました。
 3.11の時は私達はちょうど仕事を休んで1日山形でショッピングをしていました。その帰りに車の中で、縦揺れ、横揺れがありました。それが私達にとって一番恐かった。
 ただ、不思議なことに私達の住む米沢は他のところと違って停電がなかった。ガスとか水道も使えました。以上です。

【司会者】 何かその他何でも結構ですけども。

【発言者】 北海道から来ました。本人活動の支援をさせて頂いております。
 お聞きしたいのは、被災した時に携帯電話は通じたのかどうかです。支援の方も含めていかがでしたか?携帯電話が通じたのかどうか。

【話題提供者】 お答えします。安否情報がメールでいつでも出来ると思います。その場合、他のところも無事ですという情報を発信することも大切です。以上です。

【発言者】 私の場合は携帯がauだったのでその時偶然auを持っていた職場の人には少し通じました。
 みんなその人の携帯を借りて家の人に連絡しました。
 他の種類が違う携帯だと、連絡して安否を確認しようとしても電波が通じなかった。色々その場で混乱が一部はありました。二日目になって自分の携帯でも無理やり連絡をとったのですけど、やっぱり他のショップの方とかの電波がどうしても悪いみたいでした。なかなか復旧はしませんでした。私の地域では。
 私達の地域は電気がストップしているので、自宅の固定電話も使えない状態でみんな携帯を頼りになんとか連絡を取り合っていたようでした。

【発言者】 私が持っている携帯は3月11日と12日は電波が届きませんでした。
 でも13日辺りからみんなと連絡が取り合えるようになったので安心しました。以上です。

【発言者】 ありがとうございます。一番最初に被害があった時にみんながどこにいるのか、何をしているのかということをまず把握するというのが私達はすごく大事だと思っているんです。その中で一番大事なのは、携帯電話だと思っているんです。通所の事業所の職員をしているんですが7割くらいの方が一人暮らしをしている方がいます。平日は通ってくるからだいたい行動が分かるんですけど、土日はみんなバラバラに色んなところに出かけます。何か起きた時、どこにいるのか、今どういうふうな状態というのが把握出来ないんです。
 緊急の場合、一番把握出来るのは携帯電話です。
 お話聞いていると、二日間くらい携帯がつながらないという状況です。その時に本当に無事なのかどうかというのをどうやって確認していけばいいんだろう。
 どうしていいか分からないという状態になった時に、こうした方がいいよということを情報を早く伝えるということが大事です。
 東京でも今回の震災で電車が止まったり、バスが止まったりして帰宅困難者という家に帰れない人がたくさん出ています。通所の事業所に通っている仲間の人達にも帰宅困難になった人がたくさんいるんです。
 そういう時にどうしたらいいか。携帯電話でどうしたらいいですか?ということを誰かにいつでも聞けるような状態を作っていく。
 そのためにも携帯電話の会社の人達に、そういう災害時にも必ず繋がるような対策を取ってほしいなとすごく思います。
 あとはみなさんも出来れば携帯電話を持っていた方がいいと思います。持っていない方も色んなところに出かけると、携帯持ってないんだと言う人がいますけど、施設の関係者とか事業所の方々の仲間達に携帯電話を持ってもらう。それが災害に備えたということに少し近づいていくんじゃないかと思っています。以上です。ありがとうございます。

【司会者】 ありがとうございます。その他ありませんか?

【発言者】 3月11日は、私の娘の養護学校の卒業式だったんです。
 鶴岡でも電話が全然通じなかった。通じなかったというか、混んでて通じなかったんです。酒田は停電になっていまして固定電話が使えなかった。頼りはコンビニの公衆電話です。災害時優先電話とかがあるんです。でも、使えなかった。今の電話は電気がないと使えない。昔の電気だと停電があっても電話が使えたんですけど今はそうでなくなったみたいです。

【司会者】 その他ありませんか?

【発言者】 宮城県から来ました。今、店と家では節電しているところが多いじゃないですか。ちょっと節電するのが大変なんですけれど、節電する方法は、どうすればいいんでしょうか?

【話題提供者】 お答えいたします。僕の場合は昼飯の時は、テレビとか見なかったりします。使っていないものは全部消して台所で1カ所に集中し、そこで電気を使っています。家から出ていく時も節電には心がけています。使っていない電気を消したりします。一つでもやっていくことで、節電という意識につながっていきます。僕はそう思います。

【発言者】 分かりました。どうもありがとうございます。
 皆様に気を付けてもらいたいことがあります。電気は使いぱなっしには気を付けましょう。コンセントは使わない時抜くことが大事ですね。寝る前に電気をこまめに消すことが大事です。皆様も参考にして下さい。以上です。
  
 【引用終わり】

************************************************

 災害に備えた安否確認、節電対策をしっかりしておくことが、災後における私たちの役割である。そうすれば「明けない夜はない」とどんなときでも立ち上がれる。
 (ケー)

WHAT'S NEW?